Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考

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良質な記事にふさわしい優れた記事を見つけたり、作り上げたら、是非このページで推薦してみてください。あるいは、推薦されている記事を読んでみて、感じたことを投票という形でフィードバックしてみてください。記事に対するたくさんの意見や感想は、執筆者の励みとなります。

※推薦・投票の前に、選考のルールを一通りご確認ください。ルールに関する質問や意見はノートページにお願いします。

はじめに[編集]

  • 推薦・投票はログインユーザーのみとなります。
  • コメントは記事そのものに関して行ってください。

良質な記事の目安[編集]

以下に良質な記事の目安を挙げます。

推薦や、推薦された記事へコメントする際の参考としてください。

推薦の仕方[編集]

通常の推薦[編集]

IPユーザーによる推薦は不可です。ログインユーザならどなたでも推薦することができます。自薦・他薦は不問です。自薦の場合はその旨を述べて下さい。また、1人のユーザーが同時期に推薦できる記事の数は3つまでです。

  1. {{Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/○○○_yyyymmdd}} というリンクを「選考中の記事」節の一番下に追加します。○○○には選考対象となる記事名を、yyyymmddは推薦した年月日を記述してください(年月日は推薦者の居住地域における標準時夏時間、あるいはUTCのいずれでも構いません)。
  2. 先の投稿によって追加されたリンク先に、以下の形式で推薦してください。推薦者としての賛成票は任意です。投票を控えても結構です。
    === {{subst:Article|選考対象記事名}} ===
    選考終了日時:'''{{subst:#time:Y年Fj日 (D) H:i|+14 days}} (UTC)'''
    *(推薦)推薦理由を記述。--~~~~
    *{{賛成}}:--~~~~
  3. 選考対象記事のノートページに{{良質な記事候補}}を貼付して選考中であることを告知します。
    書式:{{良質な記事候補|選考サブページ=○○○_yyyymmdd|よみがな=△△△}}
  4. さらに広く告知するために、Template:選考中の記事・画像一覧の選考中の記事リストに追加することもできます。

月間新記事賞と月間強化記事賞を受賞した記事の自動推薦[編集]

月間新記事賞と月間強化記事賞を受賞した記事は、自動的に推薦されます。ログインユーザーならどなたでも推薦の手続きをとることが可能で、自動推薦の記事については「同時期に3つまで」という推薦記事数の制限の対象外となります。推薦の仕方は上記の通常の推薦と同じです。推薦理由については、

*(自動推薦)20xx年xx月の月間新記事賞受賞記事。--~~~~

または

*(自動推薦)20xx年xx月の月間強化記事賞受賞記事。--~~~~

などとしてください。

投票の仕方[編集]

選考開始後に作成されたアカウントまたはIPユーザーによる投票は不可です(コメントは認められます)。推薦された記事を編集・執筆した人も投票可能です。投票・コメントは記事の全文をよく読んだ上で、以下の形式で行ってください。{{条件付賛成}}、{{条件付反対}}、{{保留}}などの下記以外の形式での投票は、最終的な投票集計では{{コメント}}と同等扱いとなるのでご注意ください。

  1. *{{賛成}}:記事に対するコメント--~~~~ - 現状で問題ないとき。現状でも良質な記事と認められるが、他に改善点がある場合にはどうぞご指摘ください。
  2. *{{コメント}}:記事に対するコメント--~~~~ - あと少し手を加えれば賛成しても良いとき。問題点を具体的に指摘してください。
  3. *{{反対}}:記事に対するコメント--~~~~ - 大幅に手を加えなければ賛成できないとき。

記事に問題点がある場合は、その箇所や改善策を具体的に指摘してください。主観を交えず、出来る限り客観的な批評を行ってください。投票内容についての質問がなされ、2週間以内に返答がないとき、投票は無効となる場合があります。不適切な多重アカウントブロック逃れによる投票・コメントは除去され、投稿されなかったものとして扱われます。ただし、選考終了後にさかのぼっての取り消しは行われません。

選考期間[編集]

選考期間は記事が推薦されてから2週間です。選考期間終了時点で賛成票が3票以上かつ2/3以上の支持がある場合は、良質な記事となります。

以下の場合に限り、どなたでも選考期間を最大4週間延長することができます。1回の選考は最大6週間までです。

  1. 記事の修正や査読など選考に時間を求める意見が出た場合、最大4週間延長することができます
  2. 延長の希望が表明されていない場合でも、2票の賛成票があり・かつ・反対票が投じられていない場合、選考期間が2週間自動延長されます

自動延長されたものは、希望が表明されればさらに2週間までの延長が可能です。

早期終了[編集]

以下の場合は、早期終了として選考を直ちに終了することができます。

  • 反対意見のみ3票以上集まった状態が48時間継続した場合。良質な記事は見送りとなります。
  • 賛成意見のみ3票以上集まった状態が48時間継続した場合。良質な記事となります。
  • 賛成票がなく、推薦者が取り下げ意思を示した場合。良質な記事は見送りとなります。

選考が終了したら[編集]

選考が終了したら速やかに以下を実施してください。実施は推薦者でなくても構いません。

  1. 選考対象サブページ(Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/○○○_yyyymmdd)に選考結果を記入する。
  2. 選考中の記事」節から選考対象サブページ({{Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/○○○_yyyymmdd}})を除去する。
  3. ノートページから{{良質な記事候補}}を除去する。
  4. 記事がTemplate:選考中の記事・画像一覧に追加されていた場合、それを除去する。
  5. Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/選考結果リストに選考対象サブページを追加する。
  6. 選考を通過して良質な記事となった場合は、
    1. 記事本文のカテゴリ・デフォルトソートの直上に{{Good article}}を貼付する。
    2. 記事のノートページに{{良質な記事}}を貼付する。
    3. Wikipedia:良質な記事/リストへ対象記事を追加し、分類の記事数(括弧内の数字)を更新する。
      (今までに分類方法で議論になり、一定の方針を決めたものについて、Wikipedia:良質な記事/リスト/分類基準にまとめられています。)
    4. Wikipedia:良質ピックアップ/ダイジェスト版未作成記事リストに対象記事を追加する。
    5. Wikidataにおける記事のSitelinkにGood articleバッジを割り当てる(登録利用者のみ可能です)。

選考中の記事[編集]

現在時刻: 7月 23日 火曜日 16:15 (UTC) (キャッシュ破棄

楠木正儀 - ノート[編集]

選考終了日時:2019年6月25日 (火) 00:20 (UTC)2019年7月22日 (月) 00:20 (UTC)

  • (自動推薦)2019年5月の月間強化記事賞受賞記事。--Trgbot会話) 2019年6月11日 (火) 00:20 (UTC)
  • 賛成 :記事の構成、分量、脚注数すべてGAの基準を満たしていると考え、賛成いたします。Arisen会話) 2019年6月13日 (木) 15:33 (UTC)
  • 賛成 概要節にある、「南北朝時代の始終期(1336–1392年)とほぼ重なり、乱世と共に生まれ、乱世を終わらせるために費やした生涯だった。」という一文がまさにこの人物の生涯を総括していますね。そしてそういう人物の記事である以上、必然的な帰結でしょうが、概要節と「生涯」節は楠木正儀の生涯というより、南北朝時代の両朝の動向を解説する記事になっていると感じました。南北朝時代の政権の対立が応仁の乱程ではないにせよ、こんなにグダグダに入り組んだものだったとは知らなかったので、単純に足利尊氏および後醍醐天皇を擁する武士や貴族達が南北に分かれて争っていただけ、というイメージが一新しました。特に足利尊氏が一時南朝方に付いていたことがあるとは初耳でびっくりしました。
内容的にはよく書けていると思いますが、全体的にやや荒削りな面が目立ちます。まず、要出典の記述が散見されますが、それらに関してはここでコメントするよりも手っ取り早く{{要出典範囲}}をつけておきました 差分。おそらく大幅加筆前の無出典記述が残っているものと思われます。そういう部分は、よほど重要な記述でなければ遠慮なく除去してもよいのではないかと思います。重要な記述であれば出典は容易に付けられるでしょうし。また、各節の記述についても、箇条書きでこそないものの、ほぼ箇条書きや年表に近い、時系列で出来ごとを並べただけ、という記述がまだ多く見られます。もう少し全体的に記述を滑らかに、まとまった文章として推敲した方が良いと思います。とはいえ、現状では出典不足の部分はたとえ全部除去しても大きな影響はなく、文章構成のぎこちなさも、理解困難というレベルでもないので、これらの問題は良質な記事足り得ないと言うほど大きな瑕疵ではないと考えて賛成票といたします。
§2.1.1 誕生
  • 「正儀の正確な生年は不明だが、正平3年/貞和4年(1348年)1月6日時点で元服を済ませておらず幼名を名乗っていたと見られるため(→初陣)、仮にこの年に丁度数え16歳だったとすれば、元弘3年/正慶2年(1333年)の誕生となる。ただし、根拠となる文書には偽書という疑惑もあり、確定ではない。
「根拠になる文書」とは、「初陣」節で解説されている「「虎夜刃丸」なる幼名を名乗る人物が添え書きしたと思われる書状」のことであろうと思いますが、「(→初陣)」とリンクがあるものの、「初陣」節を見ても(最初から読んでいけばわかるとは言うものの)すぐに見つけることは出来ませんでした。こういうものは、他の節を参照せよ、ではなく面倒でもその場で出典提示をするか、もしくは脚注化していただければ、と思います。たとえば、「根拠となる文書<ref> 「虎夜刃丸(とらやしゃまる)」なる幼名を名乗る人物が添え書きしたと思われる書状(『河内国南河内郡長野町和田某家伝文書』)</ref>... 」という感じで。
また、「仮にこの年に丁度数え16歳だったとすれば、元弘3年/正慶2年(1333年)の誕生となる。」は何か出典のある記述なのでしょうか。元服前だったとしても16歳よりもっと若かったかも知れず、「幼名を名乗っていたと見られる」の方は一応出典があるにしても、そこまで言い切ることはできないと思います。
§2.2.2 和平交渉(1351年初)
  • 「和睦が締結されるにはまだ遠く、結局は内戦の継続が決定された」
「内戦の継続が決定」というのは、おそらく出典の記述そのままなのでしょうが、和睦締結がされなかったからといって「内戦の継続が決定」というのも妙な気がします。もちろん、歴史的観点からは、何らかの公的な和睦協定なり条約なりが締結されない限り、何年経過しようが内戦は継続している、ということになるのでしょうが(朝鮮戦争も、公式には未だに終了しておらず、単なる休戦状態という扱いですね)、たとえば「結局は内戦が続くことになった」くらいの方がしっくりくると思います。
§ 2.3.1.2 経緯
  • 「京都の離宮八幡宮の神人は御燈油料として荏胡麻油の生産を行っていたが、諸国の関がこれを妨害するため」
この「神人」とは、おそらく諸国に居住している「散在神人」のことと思われますが、神人の内部リンクをクリックして記事を読むまでは「散在神人」というものを知らず、当然京都在住の人たちと思っていたので、「諸国の関がこれを妨害」の意味が不明でした。「神人」は、高校レベル以上の日本史においては常識的な用語なのかもしれませんが、「諸国に在住する京都の離宮八幡宮の散在神人は」くらいに書いていただいた方が、「散在神人」の意味は知らなくても、とりあえず理解はしやすいと思います。
§2.3.3.2 前哨戦
  • 「山城国八幡を占拠」
日付も主語もなく、文脈が不明です。
  • 「河内国は足利一門が属する河内源氏発祥の地であり、イデオロギー的にも室町幕府の根拠となる領域である」
この部分も出典の表現そのままなのだと思いますが、「イデオロギー」という言葉自体がかっちりと定義づけられているわけでないにせよ、どうもこういう場合に「イデオロギー」という言葉を使うのは微妙に違和感があります。日本史の話だからカタカナ言葉の概念は合わない、というわけではありません。「象徴的」「思想的」などはどうかな、とも思いましたが、それでは「イデオロギー」の日本語化に過ぎない、とも言えるし...ううむ...
  • 「正儀の後、幕府は守護の反乱を警戒して、摂津は管領細川京兆家(宗家)に、河内は管領畠山金吾家に、堺港を擁する和泉に至っては、一国の領有だけでも強大になりすぎるため、細川氏の分家二つに分割統治させるなど、本来ならば管領およびそれに準じるクラスの氏族4人によって分割で担当される地域だった」
意味の取りにくい文章です。「正儀の後」とは正儀の死後(もしくはその後南朝に帰参した後)という意味でしょうか。「正儀が守護に命せられた地域は、正儀の死後、幕府が守護の反乱を警戒して...分割統治させた。このように、これらの地域は本来ならば...担当される地域だった」などと分割した方がわかり易いと思います。
§5 墓所・史跡など
  • 久親恩寺 - 大阪府枚方市
本寺は正儀と直接関係があるわけではなく、正儀の旧臣という人物が本寺の開基とされる(しかもそれすら確実な話ではない)という程度の関係しかない寺社のことまで言及する必要はないと思います。この程度の「関連する史跡」に言及するのなら、それこそ親族一同や友人や部下の墓所やら菩提寺やら、あるいは出家した人物がいればその出家先やら、キリがないほど多くの「関連する史跡」を取り上げなければならないことでしょう。
--Loasa会話) 2019年6月19日 (水) 14:49 (UTC)
  • コメント 大変興味深く読みました。以下のような点が特に気になります。導入部に「南北朝時代最高の名将」「内戦を終結させて太平の世を導き、その成果は「一天平安」と称えられた」と書かれていますが、そこまで高く評価する出典があるのでしょうか(本文では「再評価」の節と対応するということでしょうか。後者については「『大乗院日記目録』は、この日のことを、「南北御合体、一天平安」と記した」という文章が本文にありますが、この書き方だと単に明徳の和約について言及したもので、楠木正儀の功績について直接的に「その成果は「一天平安」と称えられた」と言及したものではないように見えます)。また、『大日本史料』所収の史料(ウィキペディア用語の一次資料)に直接依拠している部分がけっこう多く、「Wikipedia:独自研究は載せない#一次資料と二次資料」の観点からは若干問題があるように思います。また、Loasaさんの指摘されている誕生年の部分や、「~ためか」と書かれている部分(例えば「散位時代の正儀の通称については、父である「楠木河内判官正成」が当時著名だったためか」「正儀の功績に報いるためか、あるいは箔付けして代表として動きやすくするためか」)などのように、出典によらない独自研究なのではないかと思われる部分が散見します。--伊佐坂安物会話/履歴) 2019年6月19日 (水) 16:01 (UTC)
  • 反対 大河ドラマの主人公にしてはどうかと思うぐらい興味深い対象であり、労作であることは論をまたないのですが、まだちょっと粗いと思います。人物記事にありがちな傾向かもしれませんが、主題と直接の関係がないことを詳しく盛り込みすぎたり、過度な評価やだれのものかわからない推測が随所に見られ、項目全体の見通しと記述の信頼性がいまひとつです。ここからさらに情報の吟味と整理をお願いしたいところです。したがって反対とします。以下に主な問題点をお示ししますが、長い記事であり、すべてを網羅できてはいません。すでに指摘のある点と重なるものもありますが、ご了承ください。
記事の前半は、長い「概要」とそれ以上に長い「生涯」の大きな節でできています。これほど長い「概要」が概要たり得ているのかという疑問があります。つづく「生涯」では、正儀の事績としては概要以上の情報はほとんどなく、詳しくなっているのは正儀が関与していない事象を含む南北朝の戦い全般の経緯です。これらの大部分の期間において、正儀が主役級として関わっていたことはその通りとしても、南北朝の戦いについては別の項目があるのですから、ここでなにもかも触れるのではなく、あくまでも記事主題である正儀の業績を中心にして説明すべきでしょう。極論になりますが、個人的には「生涯」は丸ごとカットし、「概要」を少し膨らませて「生涯」としても十分だと思います。
後半は、「人物」と「評価」が主体ですが、「性格」のところで温情、温厚、寡黙といった表現に適切な出典が見当たりません。軍忠状の書きぶりは、丁寧とはいえてもこれだけで温情・美徳というのは過剰です。また花押の変更や京を4回占領したことなどが性格のなにを語っているのか不明です。「後村上天皇との関係」では、正儀が一度激怒したことは事実としても、それだけで「不仲どころか憎悪の関係」とは言えないでしょう。これにも適切な出典がありません。「槍の普及者」では、ここにも概要が設けられていてくどくなっています。しかも槍の語源的なことなど正儀と関係のないことが説明されています。正儀が槍を効果的に使用した例として挙げられているのは2回であり、そのうち細川頼春を討ち取ったケースは、太平記の三井寺合戦の記述にすでに先例があり、2度目の第4次京都攻防戦では、槍の使用を提案したのは細川清氏だったとされています。これで「普及者」といってしまうのは疑問です。「戦略革命」節では槍の使用については否定的に書かれていることも含め、書きぶりを整理すべきです。
「評価」節では、徳川光圀が正儀の花押をひと目で見分けたことで「光圀は正儀の去就に相当な関心があったらしく」としていますが、花押の判別と去就への関心は別事であり、前段で正儀の扱いが小さいこととも矛盾します。「正儀の弁護」に小説が紹介されていますが、その意味がわかりません。「墓所・史跡など」では正儀の旧臣にちなんだ寺が紹介されていますが、これだけでは正儀ゆかりの史跡とはいえないでしょう。--みっち会話) 2019年6月20日 (木) 08:28 (UTC)
  • コメント 加筆の主編集者です。長い記事にも関わらず、貴重で意義深いご意見を多く貰うことでき、査読してくださった皆様に心から感謝します。ただ、すぐには回答や記事修正の時間が取れないため、選考期間の延長を希望します。どうかよろしくお願いします。Senu会話) 2019年6月24日 (月) 11:58 (UTC)
  • 主加筆者の方よりご希望がございましたので選考期間を延長します。延長期間についてのご希望はないようなので、最大限度の4週間の延長とします。--Loasa会話) 2019年6月24日 (月) 12:49 (UTC)

2019年逃亡犯条例改正案 - ノート[編集]

選考終了日時:2019年7月24日 (水) 16:12 (UTC)

  • (自動推薦)2019年6月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話) 2019年7月10日 (水) 16:12 (UTC)
  • コメント かなり細かくまとめられていると思うのですが、反対運動を審議の経緯の節から完全に分割してしまうのはどうだろうかと感じます。審議の経緯だけ読んでいると、デモへの言及はかなり少ないので、政府側が遮二無二改正案を通過させようと押してきているのに、急に取りやめたようになっています。反対運動と合わせて読んでいかないと、この経緯の理解は難しいのではないでしょうか。--Tam0031会話) 2019年7月11日 (木) 14:43 (UTC)
    • コメント 反対デモについて「改正案提出と審議の経緯」の節で軽く触れるようにし、またそれとは別に「各国の反応」節でいくらか加筆しました。審議の経緯でデモについてどこまで記述すればいいのかいまいち把握できていませんので、今の記述で十分なのかご教示いただけますと幸いです。--ネイ会話) 2019年7月12日 (金) 13:55 (UTC)
      • 賛成 ありがとうございます。かなり補足されてわかりやすくなったものと思います。--Tam0031会話) 2019年7月16日 (火) 14:22 (UTC)
  • 賛成 記事の執筆者の1人として、当方からも賛成票を投じておきます。--ネイ会話) 2019年7月21日 (日) 12:43 (UTC)
  • 賛成 中国語の出典などは私には適切性等を判定する能力がありませんが、時事問題の、しかも割と政治的にセンシティブな分野を主題とする記事でこの水準で出来上がっている記事は少ないので賛成で投票します。ただ、今なお現在進行形の主題となるため、「経過を追う」構成になっているのはやむを得ないと思いますが、ある程度事態が終息した後には記事構成の再編と整理が必要であると思います。具体的には§背景には、本条例案が大規模な抗議運動へと結びついた背景の説明が必要であり、審議の経緯は現状では経過を拾い過ぎのため、重要なもの以外を間引くなどの処理が最終的に必要となるでしょう。§各国の反応などは現時点では年表調にならざるを得ないだろうと思いますが、これも専門家の評価などが出てきた後には順次整理が必要となると考えます。--TEN会話) 2019年7月21日 (日) 15:12 (UTC)

鉄道輸送 - ノート[編集]

選考終了日時:2019年7月24日 (水) 16:13 (UTC)

  • (自動推薦)2019年6月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話) 2019年7月10日 (水) 16:13 (UTC)
  • コメント 日本語版では鉄道鉄道輸送が立てられていて、それに対応する英語版はRailroadとRail transportなのですが、RailroadはRail transportへのリダイレクトになっており、そうなるとますます日本語版においても鉄道と鉄道輸送を独立した記事にすることに疑念が生じます。どちらもかなり重複した内容と説明していますし。統合してうまく節構成を整理してよい記事にした方が良さそうに思います。独立記事にするのであれば、それぞれの記事の分担を明確にする必要があるかと思います。非常に巨大な事業に対する総論記事となるので節構成は結構難しいのですけど、「施設」の節で「敷設」とあるのはやや異なる分類になるべきものなのかなという感があり、「線路」の方にまとめてしまって構造物も説明し、他に駅、電力、信号保安という感じだと思います。「列車検査システム」を同列に並べるのは明らかにおかしいです。「運営」の下に「路線所有権」「資金調達」が含まれるのは、まあ構わないと言えば構わないのですが、法制度などの側面とまとめた節に持って行った方がすっきりするように思います。「運営」では、人員の養成、運行計画の作成と実行、乗車券の発売といった側面を説明する方が良さそうです。「社会的、経済的、およびエネルギー的側面」という節を作るなら、安全性もこちらの側に収容でしょう。英語版でバラバラに書き込んできたために節構成がバラバラになっていて、かつ概説している分野もあれば過剰に細かく書かれている分野もあるのが、そのまま訳されているように思います。もう少しブラッシュアップが必要です。--Tam0031会話) 2019年7月11日 (木) 15:04 (UTC)
    • コメント 初版投稿者です。ご意見ありがとうございます。重複に関してですが鉄道輸送は鉄道ポータルの翻訳依頼にかけてあったため翻訳したので鉄道と英語版リンク先が重複しているとは微塵も思わず立項してしまいました。統合・分割に関してはほかの方々のご意見も参考にしたいのでひとまず端に寄せまして、構成の問題ですが手元にある資料やインターネット上の資料を元に加筆を行い収容場所の変更を順次行っております。ただ、かなり分量が大きく説明も多岐に渡っているためかなり小分けになるかと思います。--播磨の暇人会話) 2019年7月14日 (日) 13:13 (UTC)

岳物語 - ノート[編集]

選考終了日時:2019年7月24日 (水) 16:14 (UTC)

  • (自動推薦)2019年6月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話) 2019年7月10日 (水) 16:14 (UTC)
  • 賛成 作品そのもののあらすじをもう少し補強した方が良い気もしますが、全体としてどんな作品なのかがある程度わかるように書かれているものと思い、賛成とします。--Tam0031会話) 2019年7月16日 (火) 14:25 (UTC)
  • コメント 立項者(正確にはリダイレクトからの書き起こし)です。ご評価ありがとうございます。「あらすじ」節を設けなかったのは、書き出すとあまりに長大になってバランスを崩してしまうと考えたためです。項目中に書いた通り、本作は実際には家族生活の様々な出来事を描いた短編集であり、『岳物語』としてのストーリーがあるわけではありません。(あるとすれば、項目中に書いたような、1人の少年の無邪気で奔放な成長、そして父からの自立、といったものでしょう。)よって、「あらすじ」節を設けると短編ごとに区切らざるを得ず、小見出しが多くなりすぎます。国語教科書への掲載によって恐らくもっとも有名な一節であろう「風呂場の散髪」のみはあらすじを示しましたが、これすら原作の「ヨコチンの謎」の半分といったところです。まとめの上手な方ならもっと圧縮できるでしょうが、それにしてもこんな調子で20編のあらすじを書いては項目のバランスを崩すことは必定です。よって、変則的な書き方ではありますが、「あらすじ」節を設けずに、最初の「作品概要・執筆背景」節である程度の事情が分かるようにし、「主な登場人物」節の人物紹介にいくつかのエピソードの内容を取り込むことで、項目の読み手にある程度作品の雰囲気を分かってもらおうと考えた、というのが私なりの執筆方針でした。--Tomomori会話) 2019年7月16日 (火) 15:20 (UTC)
  • 賛成 各種必要な情報が十分に書かれた記事だと思います。あらすじについてはTam0031さんと同意見ですが、短編集であり一つのストーリーがあるわけではないということであれば、あらすじよりもむしろその点を強調した説明を加えた方が良いように感じます。説明に「『岳物語』のタイトルは9つの短編を纏めて単行本化する際に付されたものであり、表題作は存在しない。 」とはありますが、記事全体からはむしろ各短編間の繋がりが大きいように感じられ、一つの繋がった物語があるようにも見えます。上記の「本作は実際には家族生活の様々な出来事を描いた短編集であり、『岳物語』としてのストーリーがあるわけではありません。」というような明確な説明が記事本文にあった方が特徴がよりわかりやすいと思います。--TEN会話) 2019年7月23日 (火) 14:09 (UTC)

万葉翡翠 - ノート[編集]

選考終了日時:2019年7月24日 (水) 16:15 (UTC)2019年8月14日 (水) 16:15 (UTC)

  • (自動推薦)2019年6月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話) 2019年7月10日 (水) 16:15 (UTC)
  • 賛成 1文学作品の記事として十分な品質と出典で適切な規模感で書かれていると思います。--TEN会話) 2019年7月12日 (金) 16:11 (UTC)
  • コメント この推理小説について様々な角度から触れられた優れた記事だと思います。一点だけ気になるのが、あらすじが「翡翠原石の発見と犯罪の露見に繋がっていく」と途中で終わっていることです。ガイドライン「Wikipedia:あらすじの書き方」や「Wikipedia:ネタバレ」では言葉を濁さず結末まであらすじを書くことになっていますし、百科事典の記事としてはこの記事だけを読んで結末まで知ることができるようにあらすじが書かかれていたほうが良いと考えます。例えば結局今岡がどうなったのかといったあたりなどが記事内で触れられておらず、「設定とトリック」の節を読む上でも、あらすじが最後まで書かれていないとなかなか理解しづらい部分があるのではないでしょうか。--伊佐坂安物会話/履歴) 2019年7月14日 (日) 12:54 (UTC)
    • コメント 執筆者です。査読と批評をありがとうございます。あらすじの点については、確かに首肯できる点がありますから多少書き足そうかと思います。幸いにして、手元に光文社文庫版(山前譲氏による解説も優れたものです)がありますから再度内容を検討しつつ修正しようと考えています。--Swanee会話) 2019年7月14日 (日) 14:01 (UTC)
      • コメント 先ほどあらすじについて加筆を済ませました。これで結末までカバーできたのではないかと思います。--Swanee会話) 2019年7月15日 (月) 08:14 (UTC)
        • 賛成 ご対応いただきありがとうございます。賛成票に切り替えます。--伊佐坂安物会話/履歴) 2019年7月15日 (月) 09:05 (UTC)
  • 賛成 注釈3に書かれている、「東京には絶対に生えていない植物が生育しているのが見つかり」という方が自然なストーリーに見えますね。新宿駅で「杉原がその近くで1人の少年から何かを包んだ紙を受け取る」という必然性がよくわかりませんでした。ともあれ、作品の内容をうまく解説できているものと思います。--Tam0031会話) 2019年7月16日 (火) 14:48 (UTC)
  • 反対 現時点で反対する主な理由は以下の通りです。
    • 本作品の主題の一つが歴史の謎を巡る研究であり、実際にも本作品は、推理小説としての側面よりも、歴史研究としての側面に対する評価の方が高い以上、現実の研究結果とフィクション(もしくは著者の意見)として書かれた部分が、どこでどのように違っているのか、という点について明瞭な解説が必要と考えます。現在の記事構成では、現実の研究結果があちこちにばらばらに書かれており、現実の研究と清張のオリジナルの部分の違いがよくわかりません。そこで、日本翡翠を巡る実際の研究史について、本作品に関連する内容を一節程度にまとめた解説が欲しいところです。具体的には§4「作品の背景」節の下にサブセクションとして「日本翡翠に関する現実の研究」(仮題)を置くのが適切でしょう。そのサブセクションに「奈良時代に歴史の表舞台から姿を消した日本産の翡翠が再発見されたのは、1935年のことであった」「作品の大詰めで舞台となった小滝川の翡翠集積地は...翡翠のすべては糸魚川産であることが定説となった」といった内容や、§5.3「考古学者の視点」節の「考古学者の寺村光晴は ... .導き出されたものとして同意している。」の部分など、日本翡翠に関する現実の研究史を(清張作品の主題に直接関わる部分に絞って)まとめて解説していただけるとわかり易いと思います。ついでに、清張作品オリジナルの説はどのような部分か、の解説もあるとありがたいです。たとえば、§5.2「中西進の分析」節の解説を読むと、『万葉集』巻十三の3247が日本翡翠を詠んだ歌である、という解釈は清張によるオリジナルなものである(少なくとも中西進はそう考えている)ように理解できますが、次の§5.3「考古学者の視点」節では、「樋口清之が歌の内容と翡翠との関連を説いた」とあるので、そうではないようにも思います。こういった、小説オリジナルの歴史解釈と現実の研究における解釈の違いについてのまとまった解説が欲しいところです。
    • 上の Tam0031さんのコメントと同様に、杉原がフジアザミの種子を受け取った理由、および、それがフジアザミの種子とは知らないはずの多美子がそれを植物の種子だろうと推測した理由がなんとも不自然で納得がいきません。杉原は山野草の愛好家で、それまでもいろいろな山野草を栽培していた、そして多美子もそれを知っていた、などという設定があるのなら納得できますが。ネタバレまであらすじを書くなら、それについての解説もあって良いと思います。小説にはそれについての設定は何も書かれていない、というのであれば仕方ないですが。
--Loasa会話) 2019年7月17日 (水) 00:37 (UTC)
  • コメント 執筆者です。ご意見ありがとうございます。まず、杉原のことについては小説内で「植物採集が趣味」とあり、多美子もそれを知っていました。この点は「あらすじ」または「設定とトリック」のところで言及が可能かと思います。(どちらに加えるのがよいかは、文章も含めて少し思案したいと思います)次に翡翠の研究史と発見史については、手元にかなりの文献がありますので、(現時点では注釈2に説明されている点も含めて)1節を建てることが可能かと考えます。ただし、現実世界でウィキペディアにアクセスできる時間がかなり少なくなっていますので、可能であれば最大限度の選考期間延長をお願いできれば、と思います。--Swanee会話) 2019年7月17日 (水) 13:09 (UTC)
  • 主執筆者の方よりご希望がございましたので選考期間を最大限の4週間延長します。--Loasa会話) 2019年7月17日 (水) 15:35 (UTC)
    • すみません、以前もあった事案なのですが、選考期間の延長は、記事を修正したり賛否の判断をしたりするための時間を稼いで、通過させるために行うもののはずです。現状で賛成4票、反対1票であり、そのままであれば選考終了時点で通過する票数です。選考終了までに反対票が増えて通過しない状況にあるならともかく、現状で選考期間の延長は不要ではありませんか。記事の修正・改良は、選考が終了してからでもできますし。--Tam0031会話) 2019年7月18日 (木) 15:04 (UTC)
      • コメント 延長の件について、誤解していたようで申し訳ありません。ともあれ、延長の有無にかかわらず上記2点については修正・加筆作業に入る予定でおります。--Swanee会話) 2019年7月20日 (土) 00:48 (UTC)
        • コメント 一部あらすじと設定とトリック部分について加筆修正しました。翡翠の研究史と発見史については、また日を改めて取り組むことにします。--Swanee会話) 2019年7月20日 (土) 10:21 (UTC)
  • 賛成 :文字量は少ないものの背景に含まれる情報の量は多い作品で、それらをまとめて確認できるのは有意義だと思います。作品の評価を含めて丁寧に掘り起こしてあり、久しぶりに読み返したくなりました。その点でも良質だと考えます。--Moke会話) 2019年7月17日 (水) 16:47 (UTC)

智証大師諡号勅書 - ノート[編集]

選考終了日時:2019年7月24日 (水) 16:17 (UTC)

  • (自動推薦)2019年6月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話) 2019年7月10日 (水) 16:17 (UTC)
  • コメント 国宝となっている古文書に関する記事として一通り必要な事項はまとまっていると思いますが、もう少し掘り下げが欲しいところです。特に歴史資料としての重要性を考えると、以下に述べるように研究史と伝来に関する解説はやや不足を感じます。
研究史
小野道風の真書とされる文書ならば、歴史家や書家などにより多くの研究がされてきたと思われます(世間一般に知られるようになって以後は特に)。§5「後世の臨書説」節にもいくつかの研究内容が少し紹介されてはいますが、研究史に関してはもう少し詳細な解説が欲しいところです。やはりこれだけ貴重な歴史資料についての記事なのですから、たとえば、道風の直筆と確定されたのはいつ頃のことなのか、その根拠はどのようなものか、あるいは逆に、現在にいたるまでほとんどまともな研究の対象にはされたことはなかった、ということであればそういう事情についての解説などが必要と思います。
§1 画像
画像はともかく、釈文と読み下し文については§3「内容」節に全文が書かれているので、本節のものはまったくの重複でしかなく、不要な記述です。画像自体も「内容」節の方に収め、本節は除去した方が良いと思います。
§2 概要
  • 「その官位は蠅頭の小楷で適格に書かれ」
おそらく書道用語と思われますが「蠅頭の小楷」の意味がわかりません。「小楷」は内部リンクがあるので楷書体の一種らしいとわかりますが、「蠅頭の小楷」とは楷書体の一種に対する名称なのでしょうか。
§3 内容
釈文と読み下し文だけでなく、できれば文意の解説も欲しいと思います。まあ短い文だし文学作品でもないし、この種の文書にありがちな賛辞が並べられているだけ、ということも含めて大体の内容はわかりますが。
§4 伝来
最初に述べたように、もう少し詳しい来歴を知りたいところです。§2.1「背景」節には「、園城寺に下賜された副本が本書ということになる」とあるが、なぜ園城寺に下賜されたのでしょうか。園城寺の記事を見れば、この寺が天台寺門宗の総本山であることがわかるので、そのためであろうと考えられますが、その辺の事情も含めてもう少し詳しい解説が欲しいところです。また、明治維新前後に北白川宮家に移った事情や国有財産化したときの状況などについても同様です。また、こちらは出典資料自体がないかもしれませんが、中務省に留め置かれたとされる原本はどうなったのか(おそらく現存しないであろうと思われますが)、についてもできれば知りたいところです。
--Loasa会話) 2019年7月14日 (日) 01:47 (UTC)

毒性 - ノート[編集]

選考終了日時:2019年7月24日 (水) 16:19 (UTC)

  • (自動推薦)2019年6月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話) 2019年7月10日 (水) 16:19 (UTC)
  • 反対 やはり、「種類」「測定」節など重要な部分にほとんど出典がないのは致命的です。全体的な構成も見通しが悪く、たとえば「種類」節などは「分類」節に含めるべき内容なのではないかとも思えます。もちろん「毒性」という概念自体がかなり包括的かつ複合的なものであり、一元的な分類方法で説明出来るようなものではないことは理解できます。それならそれで、こういう観点からはこういう風に分類される、この研究分野ではこういう風に分類される、などというふうに分類の目標や基準などと合わせて各種の分類方法を列記した方がわかり易いでしょう。また、「分類」節の冒頭には「物質が規制を受けて適切に取り扱われるためには、それらが適切に分類されて表示される必要がある。」とあるので、この節では主に法的、制度的な扱いについて解説することを目標としているようですが、こういう節も、それならそうと冒頭ではっきり述べた方が良いと思います。
この種の主題では、記事の構成自体が記事全体の出来をかなり左右すると考えられます。記事の構成が良くないと、いかに個別の節において出典をしっかり付けて充実した内容の解説を書いても、全体的にまとまりがない、今ひとつよくわからない、という記事になってしまいます。本記事は構成から作り直した方が良いのではないかと思います。--Loasa会話) 2019年7月13日 (土) 13:26 (UTC)

中国の貨幣制度史 - ノート[編集]

選考終了日時:2019年8月1日 (木) 00:04 (UTC)

  • (自動推薦)2019年6月の月間強化記事賞受賞記事。--Trgbot会話) 2019年7月11日 (木) 00:04 (UTC)
  • 賛成 かなりの力作で、よく書かれているものと思います。「倭好には銅貨も含まれる」という趣旨の記述が2回出てくるところはちょっと気になりました。どちらかにまとめた方が良いかと。--Tam0031会話) 2019年7月18日 (木) 14:57 (UTC)
  • コメント あとで中身をじっくり読んだ上で投票致しますが、先に形式的な出典チェックだけ。強化記事投票の際に指摘した件ですが、本文中で用いていないのに「引用文献」節にリスト入りしているものはゼロ (つまり問題クリア) を確認できました。しかし逆に、本文中で用いているのに、引用文献節から抜けているものが2件ありました。oldid=73516277時点で、出典153番 (永積 1999, p. 359.) と、出典135番 (鈴木編 2007.) です。クリックしても飛ばないので、チェックしてみて下さい。また、ハーバード方式を使っていますが、書籍の場合は出典のタイトル・年だけでなくページまたは章を入れる慣習だと認識しています。が、ページ/章の特定漏れがチラホラあります。選考の目安を読む限り、ページ/章特定が良質な記事の「必須」基準だとは思えないのですが、当記事はゆくゆくは秀逸な記事も目指して頂きたいと個人的に期待しているので、時間のある時に漏れの補記をお願いしたいです。--ProfessorPine会話) 2019年7月18日 (木) 15:41 (UTC)
    • コメント チェックをありがとうございます。倭好の記述重複と、出典の文献抜けについて修正しました。出典のページ数または章の抜けについては、随時修正してゆきます。--Moke会話) 2019年7月19日 (金) 01:29 (UTC)
チェック 編集差分にて、倭好と文献抜けの両方とも反映されていることを確認しました。--ProfessorPine会話) 2019年7月19日 (金) 14:27 (UTC)
  • コメント 今回、主に加筆をした者です。ほかの方が記事に使っている出典について、良質な記事の出典として妥当なのかについて、ご意見をいただければ助かります。
  1. 研究所が所属メンバーの業績について書いた記事であり、宣伝目的の可能性。(出典208番[1]
  2. センセーショナルまたは大言壮語的なタイトルの記事の可能性。(出典238番[2])、(出典239番[3]
  3. 有料会員限定の記事。(出典237番[4])--Moke会話) 2019年7月19日 (金) 01:59 (UTC)
  • コメント 私も細かく読んでいる時間がないので形式的な問題点のみ。
§10.1 注釈
注釈文にも出典が必要ですが、ほとんど出典がありません。
なお、出典としての妥当性についてのコメントは以下の通りです。
1. センセーショナルまたは大言壮語的なタイトルの記事の可能性。(出典238番[2])、(出典239番[3])
内容がまあ信頼性ありと言えるようなものであれば、タイトルだけなら多少センセーショナルだったり大言壮語的であっても問題ないと思います。それとも、これらの出典は内容についてもセンセーショナルだったり大言壮語的であって出典にふさわしくないとお考えでしょうか。具体的な日付を思い出せなくて申し訳ないのですが、たしか最近の朝日新聞でも同じような内容の論説を読んだ記憶があります。もっとも、その論説の筆者は、この両出典のどちらかの筆者と同一人物だったかも知れません。それにしても異なる筆者が同じようなことを言っているということは、現代中国経済の研究者にとって、すでにこういう見方が一般的になっているのかもしれません。何にせよ出典の信頼性も、参照の仕方も問題ないと思います。
2. 有料会員限定の記事。
これも、会員登録するための資格として何らかの制限(何かの組織のメンバーであるとか、誰かの推薦が必要とか)がかけられているのでない限り(ただし年齢制限は除く)、つまり誰でも金を払えば自由に登録し購読出来る限り問題はありません。
--Loasa会話) 2019年7月19日 (金) 13:59 (UTC)
  • 返信
  1. 注釈文にも出典が必要という点は、良質な記事の目安に含まれるのか解釈の余地がありそうなので、他の方の意見も参考にして様子をみます。
  2. 出典のタイトルについて了解です。自然科学、医療、法律などの分野の記事でも同様なのかについて、他の記事も見つつ見識を深めてみます。--Moke会話) 2019年7月19日 (金) 20:46 (UTC)
コメント 私も註釈に出典は必要であり、「独自研究を載せない」「検証可能性」の目安に鑑みても、選考基準になると考えます。理由については、本文箇条書きの出典不足を指摘した下記に意見をまとめています。--ProfessorPine会話) 2019年7月20日 (土) 10:34 (UTC)
  • 返信 :読みました。引き続き他の方の書き込みを待ちます。--Moke会話) 2019年7月20日 (土) 14:08 (UTC)
  • 返信 出典のない注釈を削除し、箇条書きの記述に出典を追加しました。--Moke会話) 2019年7月23日 (火) 04:09 (UTC)
  • コメント 古代~中世 (明の時代まで) を読んで気付いた点をお伝えします。今のところ条件付き賛成のスタンスです。後半を読む時間が足らず、選考終了日7月25日を1週間延長し、8月1日までお願いできませんでしょうか? 最大で4週間延長可能とのことですので、他の審査ユーザさんや修正対応する執筆者さんで更なる延長が必要でしたら、別途ご申請頂ければと思います。--ProfessorPine会話) 2019年7月19日 (金) 14:27 (UTC)
  1. 親ページに該当する貨幣史 (世界各国の総説ページ) と子ページである中国貨幣制度史の間で、内容的な不整合はありませんでした。しかし、時代区分がズレています。親ページだと五代十国時代は「中世」に分類され、子ページでは「古代」。明の時代は親ページでは「近世」、子ページでは「中世」です。親子ページをクロス読みする読者もいると思うので、時代区分を統一するか、または子ページが親ページと異なる理由を冒頭に書かないと、独自研究による時代区分を使っているような印象を与えてしまいます。
  2. チェック 中世の「元」の時代節で「この税制は、モンゴル帝国が改称して成立した元の初期にも引き継がれた」との記述がありますが、「改称して成立」という表現は国際的な中立性の観点で正しいのでしょうか? ちなみに「元 (王朝)」の説明によると、「モンゴル人が建てた征服王朝」とあり、モンゴル帝国を元に改称したのではなく、元はモンゴル帝国の植民地みたいな扱いでしょう。そのため、節名を「元」にするか「モンゴル帝国」にするかでもめるぐらいなら、いっそのこと節名を「銀錠」という貨幣制度名に変えてしまう手もあると思いました。ステータスを済に変更。--ProfessorPine会話) 2019年7月20日 (土) 10:34 (UTC)
  3. 「宋」時代の節と、「明」時代の節で、ともに箇条書きの一部に出典がありません。
  4. これ以外にも根本的なツッコミどころが見つかってしまったのですが、秀逸な記事の選考基準になってしまうので、今後の宿題みたいな位置づけで、当ページのノートページの方に指摘をあとで記入しておきます。
  • 返信
  1. 「貨幣史」の五代十国と明2ついて更新しました。明は14世紀から17世紀にかけて存在した国なので、中世と近世においてどのように記述するかは様々なやり方があるでしょう。時代区分を外すのも手かと思います。
  2. 「元」の名称について、「元 (王朝)」の概要には、「元の成立は従来のモンゴル帝国の国号「イェケ・モンゴル・ウルス」を改称したに過ぎないとも解せる」と書いてあるので、「元はモンゴル帝国の植民地みたいな扱い」とは異なるように読みました。複数の見解があるので、改称についての記述をいったん削除しました。
  3. 箇条書きの一部に出典が必要かという点が良質な記事の目安なのかは、解釈の余地がありそうです。他の方の意見も参考にして様子をみます。--Moke会話) 2019年7月19日 (金) 20:46 (UTC)
  • いろいろ細かい指摘を行っていますが、前半を読んだ時点で「条件付賛成」スタンスは変わっていません。反対に転じるつもりはなく、とても前向きです。若干意見が折り合わない箇所があっても、許容できる範囲ですし、選考通過後に修正対応になったとしても、良質な記事の品格が損なわれるほど深刻とは思えないので。
  1. 親ページ側を修正されたようですが、ごめんなさい、違和感があります。親ページの「古代」節を見ると、貨幣史#西アジアダレイオス1世 (前550年頃 - 前486年) の話、貨幣史#ギリシャ、ヘレニズムアレクサンドロス3世 (紀元前356年 - 紀元前323年) の話で締めくくられています。このような古い時代の「古代」節に中国の五代十国時代 (907年 - 960年) を挿入するのは、さすがに時代がぶっ飛びすぎていませんか? 最初に述べたように、同時代の中国国外はどのような状況だったのだろう?と横比較したい人には、頭が混乱してしまいます。むしろ親ページの貨幣史は時代区分をリバートし、子ページ (今回の選考対象ページ) 側をいじるべきと思います。選考ノートページで表明した通り、そもそも子ページを「古代」「中世」・・・と分ける意味があまりないと個人的には思っていますが。ただし目次構造を大幅にいじるなら、記事ノートページで他の執筆者さんらと合意形成の上で行った方が良いでしょうから、暫定的に親ページと子ページで区分がズレている理由を冒頭に書いておく逃げの手段もあるかな、と思います。
  2. とりあえず本文から物議を醸しそうな表現を除去しておくので、私も正解だと思います。ご対応ありがとうございました。
  3. 上記のLoasaさんの「註釈にも出典は必要」とのご意見とも共通しますが、本文中の箇条書きだろうが、註釈だろうが、検証可能性は必須と考えます。独自研究の記述禁止となっており、独自研究ではないとの唯一の証明手段が出典の提示だからです。つまり現時点で、箇条書きの一部や註釈は、独自研究を疑われていることになり、良質な記事の目安に合致しないと考えます。なお、註釈については{{Refnest}}の使い方を知らず、註釈の外付けで註釈の出典を併記してしまっている人がいるのかもしれません (少し前の私がそうでした笑)。当記事はMokeさん以外にも複数の編集者がおられるので、出典をつけ忘れた人を探し出して確認をとる作業は大変な気がします。なので良質な記事の選考時点では、出典が明記できておらず、かつ外付けをRefnestに変換することもできない箇所は、暫定的にコメントアウト対応するのもアリかと。少なくとも註釈のほとんどは、コメントアウトしたからといって記事の品質を大きく損ねることはないと感じています。
  4. 先ほど当選考ページのノート側に追記しておきました。--ProfessorPine会話) 2019年7月20日 (土) 10:34 (UTC)
  • 返信 :読みました。引き続き他の方の書き込みを待ちます。--Moke会話) 2019年7月20日 (土) 14:08 (UTC)
  • 返信 出典のない注釈を削除し、箇条書きの記述に出典を追加しました。--Moke会話) 2019年7月23日 (火) 04:09 (UTC)
  • 賛成 現時点で良質な記事としては十分であると思います。大作であるだけに後述するように大小様々に気になる点はありますが、全体としてよくできていると思います。全体を確認したわけではありませんが、以下に問題点と感じる箇所について述べます。形式面での指摘は既に種々行われているので、主に出典と内容についてです。
  • 出典の内容と本文の内容の乖離:出典の数が多いだけに到底全てを確認することは不可能ですが、以下の書籍について確認し、実際に参照された上で記事が執筆されていることを確認しました。
    • 山室信一 『キメラ - 満洲国の肖像 増補版』 中央公論新社〈中公新書〉、2004年。 
    • 佐藤信弥 『周 - 理想化された古代王朝』 中央公論新社〈中公新書〉、2016年。 
    • 小林正宏; 中林伸一 『通貨で読み解く世界経済 - ドル、ユーロ、人民元、そして円』 中央公論新社〈中公新書〉、2010年。 
    • 辛島昇編 『南アジア史〈3〉南インド』 山川出版社〈世界歴史大系〉、2007年。 
しかしながら、本文の内容が出典の内容から飛躍しているように見られる箇所が散見されます。上記の書籍についていえば以下の2例が挙げられます。
  • 佐藤 2016 :本書のp. 63, 105を引いて、「(貨幣の単位として)そのほかに陌・貫・両や、古代ではタカラガイを表す朋(ほう)、銅の重量を表す寽(りつ)などの単位が使われた」、「タカラガイを糸でつないだものを朋と呼び、王朝では儀礼における贈与や下賜など互酬の行為としてタカラガイを使ったとされる。また朋は物品の価値を示すためにも使われた」という文章が作られていますが、同書の該当部分の記述は以下の通りです。
「宝貝は<17義盉蓋>に見えるように『朋』という単位で数えられ、時にその数量でもって物品の価値を示す基準とされることがあり、それによって後代に中国における貨幣の期限とみなされるようになったのではないかと考えられている。」(p. 63, 強調は引用者による)
「銘文原文の『銅十寽』の寽とは銅塊の重量を示す単位である。」(p. 105, 強調は引用者による)
いずれもこの単位はタカラガイ、銅塊の単位として語られており、「貨幣」の単位とされてはいません。確かに朋をもって「価値を示す基準とされること」もある。銅十寽というのは「手数料」や「罰金」の額面に相当するという説があるという記載はありますが、前後の文脈から考えてこれを貨幣の単位と読み替えるのはかなり飛躍したものであると感じます。同書の当該部分は幣制ではなく王権と臣下との関わりや礼制を主題にした箇所でもあり、少なくとも同書だけを本文の出典とするとき、貨幣単位としても使用されたことに疑問の余地のない「貫・両」と並置はできません。
  • 辛島編 2007:本書のp. 144を引いて「モンゴル帝国の領土拡大にともない、管理貿易によって銀が輸出されてユーラシア大陸の東西を横断した。インド洋貿易では元の陶磁器とアラビアの馬が重要な貿易品となり、貨幣の流れに影響を与えた。南インドではパーンディヤ朝が元と貿易を盛んにして、元との貿易で得た銀でペルシア湾から馬を輸入した」という文章が作られていますが、これも出典から乖離した情報が加えられています。
同書該当部分にはモンゴル帝国(元)、さらに「銀」は全く登場しません。この部位で語られているのは大きく「13世紀にインドで中国陶磁器の輸入量が飛躍的に増大した。それはムスリムの食器としての需要が高まったことと関連していると考えらえる。」ということと「バーンディヤ王国がキーシュ島から大量の馬を買い付けておりこれもまた、13世紀のムスリム政権の成立によって騎兵の重要性が増したこと」と関係づけられる、ということです。また該当部は数百年単位のスパンで語られており時代的範囲は13世紀から15世紀、一部は18世紀に及ぶ説明を行っています。同書を元に「元との貿易で得た銀でペルシア湾から馬を輸入した」という文章は作れないはずです。
  • 春秋戦国時代の通貨の使用範囲について:端的に言って現状の記事本文の内容は「様々な種類があった」ことしか触れられておらず、なぜ様々な種類があったのか、それぞれがどのような背景をもって発行されていたのか、といった内容が欠けているように見えます。本文の内容について以下の書籍
  • 江村治樹 『戦国秦漢時代の都市と国家 考古学と文献史学からのアプローチ』 白帝社〈白帝社アジア史選書〉、2005年。 
と内容を比較してみました。同書によれば貨幣の発行主体は、自立性の強い経済力の都市の多かった旧晋諸国(韓・魏・趙)では各都市が中心であり、国家側の影が薄いのに対し、斉・燕・秦のような周辺諸国においては貨幣発行能力のある都市が乏しく、初期より国家側の統一的な貨幣発行が行われていた傾向にあるという説明があります。また、考古学的には、国々の境界と貨幣の流通範囲は特に旧晋諸国において一致しないとあります。これについては同書から記述を足してみようと思いますがとりあえず。
  • 宋銭の海外波及について:宋銭については大量に輸出されたことが本文にありますが、少なくとも日本ではこれが与えた影響は大きく、重要な研究が複数あり、海外での普及やその影響について、もう少し詳細があっても良いように感じます。--TEN会話) 2019年7月21日 (日) 13:55 (UTC)
  • コメント チェックありがとうございます。賛成とのことですので、上記指摘は今後の課題と理解しました。--Moke会話) 2019年7月21日 (日) 14:17 (UTC)
  • コメント どなたからもコメントがないように見えるので、一応再掲します。以下の出典が、良質な記事の出典として妥当なのか判断がつきかねるので、ご意見をいただければ助かります。前回は「書いた」という表現になっており、「掲載した」に変更しました。
  1. 研究所が所属メンバーの業績について掲載した記事であり、宣伝目的の可能性。(oldid=73559299の出典212番[5]
  • コメント 個人的に、本記事に最も不足している点だと考えていた魏晋南北朝時代について加筆修正しました。--Moke会話) 2019年7月22日 (月) 01:53 (UTC)

雁木 (広島市) - ノート[編集]

選考終了日時:2019年7月25日 (木) 00:04 (UTC)

  • (自動推薦)2019年6月の月間強化記事賞受賞記事。--Trgbot会話) 2019年7月11日 (木) 00:04 (UTC)
  • 賛成 :この建築に、雁木という名前が付いていることを初めて知りました。つくられた理由、時代による構造や地形の変化、関連する祭事や船についても分かり、出典も多いと思うので良質な記事に賛成します。広島ということで、『この世界の片隅に』も思い出しました。--Moke会話) 2019年7月20日 (土) 16:29 (UTC)
  • 賛成 雁木そのものの一般記事にまとめると、広島市にある個別の雁木について触れるのが難しくなってしまうということで分けたのかもしれないですが、一般的な記事を強化する方策もあったのではないかと思ってしまいます。もっともこの記事の切り方ということであるなら、よく書かれているものと思いますので賛成としておきます。--Tam0031会話) 2019年7月21日 (日) 15:47 (UTC)

エアバスA318 - ノート[編集]

選考終了日時:2019年7月25日 (木) 00:04 (UTC)

  • (自動推薦)2019年6月の月間強化記事賞受賞記事。--Trgbot会話) 2019年7月11日 (木) 00:04 (UTC)
  • 賛成 主題について検証等は全くできませんが、記事を読んで不可解な点は見当たらず、十分な品質であると思います。販売が低迷している(した?)ことはわかりますが、最終的な商業上の評価や経営判断、競合機種との差異と苦戦の原因などの記述を強化できればより充実した記事になるような気がします。--TEN会話) 2019年7月21日 (日) 15:22 (UTC)
  • 賛成 こんなに小さなエアバス機があったんですね。おおむね民間航空機記事として定番通りの書かれ方ができているものと思います。--Tam0031会話) 2019年7月21日 (日) 15:47 (UTC)
    • TENさん、Tam0031さん、ご意見ありがとうございます。TENさんからコメントいただいた点について、競合機との関係などを少しですが追記しました。もう少し時間が進んで、総括的な評価などをまとめた文献が出ることを期待したいです。--Mogumin会話) 2019年7月23日 (火) 09:58 (UTC)

アッツ島の戦い - ノート[編集]

選考終了日時:2019年7月25日 (木) 00:04 (UTC)

  • (自動推薦)2019年6月の月間強化記事賞受賞記事。--Trgbot会話) 2019年7月11日 (木) 00:04 (UTC)
  • コメント 「背景」や「経過」節は日米両軍の事柄が分かりやすく書かれていると感じます。しかし、この戦闘の影響や意義については、日本側の説明のみになっており、米軍側の観点についても解説が必要と思います。また、「経過」節における「この部隊は虎山(Gilbert Ridge)と…」から「…林中隊は一個小隊でアメリカ軍二個中隊の攻撃を防いだ。」の文章には、脚注での出典が示されておらず、ここは脚注で典拠がわかるようにしていただけたらと思います。ご検討いただけますと幸いです。--Mogumin会話) 2019年7月17日 (水) 12:44 (UTC)

関連項目[編集]