Category‐ノート:日本文学研究者

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改名提案(済)[編集]

「国文学者」は日本中心の名称でありWP:JPOVに違反しています。Category:日本文学者への改名を提案します。--頭痛 2009年11月14日 (土) 20:07 (UTC)

  • (賛成)Category:朝鮮文学者も韓国で国文学者というので紛らわしい。国語学者も同様。--hyolee2/H.L.LEE 2009年11月15日 (日) 00:36 (UTC)
  • (反対)日本人が使用している日本語では、主に近世末までの日本文学を国文学と言います。また、国文学は行政用語でもあり、広く認められる日本語です。国文学者も、これら文学を研究する人々のことを主に指します。日本文学研究者はいても、日本文学者という日本語はききません。日本文学者で検索しても、ほとんどヒットしません。まともな改名提案ではあり得ません。--KAGEROU 2009年11月15日 (日) 09:25 (UTC)
  • (コメント)
    • 失礼ですが、「主に近世末までの日本文学を国文学と言う」というほうが聞いたことがありません(感覚的にわからないでもないですが)。そうだとすると日本文学⊃国文学ということになってしまいますが、そのように定義している出典等はありますでしょうか? そもそもがこのカテゴリに含まれている記事からして「近世末までの日本文学の研究者」に限定されていないのですが・・・ 
    • 「日本文学者」という言葉があまり使われないのは確かですが(作家・詩人などと紛らわしいですからね。普通は「日本文学の研究者」でしょう)、「日本文学者」という語が存在しないわけではないのですから造語ではありません。文学者の定義は1.文学作品の創作者 2.文学の研究者 でありここでは2.の意味で限定して使うというだけの話です。これはカテゴリの本文で明確に「研究者のみを扱う」とすれば問題ありません。加えて他の国別カテゴリはすべて「アメリカ文学者」「ドイツ文学者」と「(国)文学者」という語構成になっているので、可能な限り合わせたほうがよろしいでしょう。
    • また、「(日本の)行政用語である」ことや「広く認められる日本語である」ということと、その語が日本中心であるということは何の関係もないと思います。例えば国学であればこれは歴史的な学問の名称であり代替が利きません(英語版でもen:Kokugakuで立っています)が、国文学日本文学(前者は後者のリダイレクト)と言い換えが可能なのですから後者を取るべきです。--頭痛 2009年11月15日 (日) 09:46 (UTC)
はあ、そういうふうにお考えになられたからですか。どうも失礼しました。でも、「日本文学者」という言葉があまり使われないのは確かなら、既に問題は解決してしまってますよ。昔は国語学といってたのですが、現在は日本語学と言っていますよね。>国語学会結成の目的は、明治以来、種々雑多な系統の上に成立し、未だ全体として体系を成すに至らなかった国語学に体系的な組織を求め、国語学展開の根本理論を確立して、近時漸く問題になりつつある国語の実践部面の発展に即応して、国語学の再出発を期そうとした<そうです。しかしね、これ国文学者だけのあつまりじゃないんですよ。大学では国語国文学という言い方しますしね。では、こんど国語学者と変えたいという人きたらどうします?国語学と日本語学の違いはなんでしょうね?つまり、感覚的にわからないでもないですが…正解なんですよ。「主に近世末までの日本文学を国文学と言う」のはその方向で大学等の「国文学」系の資料などの予算がついていたからです。「明治が国文学かー?」といわれた時代ですが…。もっとも国文学者の定義が、どうも必要みたいですね。--KAGEROU 2009年11月15日 (日) 13:50 (UTC)
すいませんが、「昔は国語学といっていたのですが」以下で何をおっしゃっているのかよくわかりません。私が言っているのはまず「日本文学者という語の用例はあるのだから造語ではない」ということであって「良く使われる言葉ではない」ということではありません。カテゴリの名称は他のカテゴリとの関係などの要素が絡みますから「最も良く使われる語」が必ず採用されるわけではないでしょう。(普通はあまり使われないものの)この場合「日本文学者」がよい、という論拠は上に示したとおりです。「こんど国語学者と変えたいという人きたらどうします?」とはいったいどういう意味でしょうか? また私は「主に近世末までの日本文学を国文学と言います」ということの出典を求めたのですが。--頭痛 2009年11月15日 (日) 14:22 (UTC)

賛成 行政用語については、文部科学省の科学研究費補助金のページ[1]にある「科学研究費補助金「系・分野・分科・細目表」の改正について」[2]が典拠になります。研究者の呼び方ではなくて、研究分野の名称ですが、「人文社会系>人文学>文学>日本文学」で、その中は「日本文学一般、古代文学、中世文学、近世文学、近・現代文学、漢文学、書誌学・文献学、文学批評、文学理論」に分かれています。エドワード・G・サイデンステッカーCategory:国文学者を貼るのはなんか変です。

ところでCategory:歴史学者の下位では、Category:日本史の歴史学者としています。その例にならうと、Category:日本文学の文学者となりますが、「文学」が重複しているので、それを消すと、Category:日本文学者となってしまう。これでいいのではないでしょうか。--rshiba 2009年11月15日 (日) 11:31 (UTC)

エドワード・G・サイデンステッカーCategory:国文学者を貼るのはなんか変なのは、きっとカテゴリー違いだからでしょう。韓国でも国文学者というのなら、これは国籍(出自)とかも大事なのかもしれません。>国文学者(こくぶんがくしゃ)は、日本文学を専攻する研究者である。もへんかもしれません。--KAGEROU 2009年11月15日 (日) 13:50 (UTC)
日本文学を研究する人間は日本人だけではないし、日本だけで研究されているわけでもありません。アメリカで日本文学を研究しているアメリカ人を「国文学者」などとは普通言いません。アメリカ人にとって「国文学」にあたるものは「アメリカ文学」だからです。つまりサイデンステッカーに「Category:国文学者」が違和感があるのはカテゴリ違いだからではなくて、カテゴリの名称が不適切だからです。「日本国内の日本人の日本文学研究者」にしか違和感なく貼れないようなカテゴリであればそれは明らかにJPOVでしょう。KAGEROUさんは一体「近現代の日本文学を専攻する学者」とか「日本人でなく日本在住でもない日本文学の研究者」などのケースを考慮に入れておられるのでしょうか? それ以前にWikipedia:日本中心にならないようにはお読みになっておられますか? --頭痛 2009年11月15日 (日) 14:22 (UTC)

賛成 区別ができないなど紛らわしいという問題も抱えています。--hyolee2/H.L.LEE 2009年11月15日 (日) 23:25 (UTC)

  • (すいません、以下のKAGEROU氏のコメントは上の私のコメントの下に付けられたものですが、位置的に返答コメントが付けにくかったためここに移し、インデントを変えさせていただきました。失礼とは存じますが可読性のためと考えご了承をお願いします。--頭痛 2009年11月17日 (火) 18:27 (UTC))
  1. 「昔は国語学といっていたのですが」以下で何をおっしゃっているのかよくわかりません。=>それは、「国語学会結成の目的は、明治以来、種々雑多な系統の上に成立し、未だ全体として体系を成すに至らなかった国語学に体系的な組織を求め、国語学展開の根本理論を確立して、近時漸く問題になりつつある国語の実践部面の発展に即応して、国語学の再出発を期そうとした」国語学会が日本語学会の前身であることを知らないからでしょう。知っておられれば、国語学=日本語学ということがお分かりになったはずです。それが分かっていれば、「こんど国語学者と変えたいという人きたらどうします?」とはいったいどういう意味でしょうか? などと言う質問にはならかったことでしょう。また、このように日本語学と言い換えても、大学の大半は国語学という名称を変更していない(出来ない)ところが殆どです。理由は、コンピュータ上の作業だけでないので、簡単に再分類できないからです。心理的な抵抗もあるのでしょう。
  2. 国文学年鑑を編集している国文学研究資料館では、(当初は)主に近世末までの日本文学の資料を収集した。とあります。その当時の国文学に現代文学や近代文学は含まれなかったためだと思います。例えば吉本バナナの研究者がいたとして、その人は国文学者でしょうか?これは違うと人々は考えるでしょう。尚、この資料館の名前が現在も「国文学」であることをお忘れなく。
  3. 人様に出典を求める前に、ご自分が、「日本文学研究者」ならともかく、「日本文学者」などと文法的にも不明(ドイツ文学者などから日本文学者を類推したのか?)な日本語について(あなたの造語では無論ないにしても)それが一般的に通用している分類であることの資料を先ずお示しください。あなたが行う分類は世間(閲覧者)に対して責任の持てる態度では到底ありえないと考えます。先ずあなたが、日本文学者という厳然とした分類が存在し、その分類が多くの市民や研究者によって支持され、多くの文学研究者や文学者がその分類でくくられている事実の出典を記載してください。出来なければ、それこそ独自研究じゃないですか?
  4. 日本語中心と日本中心の区別もつけず、辞書にない言葉(少なくとも広辞苑にすらのっていない)でカテゴリーを作ろうとされることこそが、異常だと申し上げています。これに賛同する方々も、カテゴリーなら、せめてどの辞書にもある言葉になさるべきでしょう。Wikipedia:日本中心にならないようには辞書にない言葉を使いましょうという指針ではないはずです。その言葉が日本語として一般的か否か程度は、最低限お調べいただきたいものです。
  5. 「日本文学研究者」か「国文学者」か?確かに、私も国文学がかなり古い分類とは思います。しかし、その分類でのみ区分される学者もまた存在するはずです。確かに、国文学研究範囲の拡大について 近時叫ばれています。しかしそれはまだまだ少数意見で、最も小さな分類としての国文学者ともっとも大きな分類の日本語学学者との間には、歴史的には国文学者でも日本語学者とはいえない人(例えば漢学者の中で当時時代的制約の範囲の中で中国語を研究していたもの)や、その分類に入らない人々がいる可能性が否定できないことです。カテゴリーを作成している人の中には、稀にその事象にかなり無知な人がいて、そのために投稿ブロックに掛けられてしまっている人が見受けられます。本人からすればなぜかが全く納得いけてないようですが、例外の存在がある場合、その例外を含んだ上位概念が、例外を含まない下位区分された概念に包摂されるようなカテゴリー構造を作り出してる場合は、やはり辞典全体の崩壊につながることから、排除される必要があるのです。
  6. 「文部科学省」の科学研究費補助金は補助金の為に遺漏がないようにするための分類で、学問体系とは、あまり関係ありません。
  7. 「日本文学の文学者」は文学者が「文学を創作する人」と「文学の研究者」の二つの意味をもつことから、使えないでしょう。おそらく皆さんは外国語にも堪能なのでしょう、その為にその干渉を多く受けてられるので、こういう意味不明な日本語が容認できるのでしょうが、私は間違ってると指摘しておきます。--KAGEROU 2009年11月17日 (火) 17:04 (UTC)
  1. すいませんが、「国語学会」云々で何が言いたいのかあいかわらずわかりません。国語学会が日本語学会の前身だったからいったいどうだというのですか? それがWikipedia:日本中心にならないようにといったいどんな関係があるんですか?
  2. 国文学研究資料館が当初は近現代の資料を収集していなかったことと「国文学」というものの定義とは論理的な関係が一切ありません。「その当時の国文学に現代文学や近代文学は含まれなかったためだと思います。例えば吉本バナナの研究者がいたとして、その人は国文学者でしょうか?これは違うと人々は考えるでしょう」はすべてあなたの推測であり根拠がありません。もちろん「国文学研究資料館が当初は近現代の資料を収集していなかったことと」は出典とはなりえません。Wikipedia:出典を明記する等をよく読んでください。
  3. 「一般的に通用していることを示せ」も何も、「一般的にはあまり使われないが」と最初から断っているでしょう。この場合「日本文学者」が妥当であろうという根拠は最初に示しました。「辞書にのっていない言葉はカテゴリの名称にしてはいけない」などという方針はございません。「アメリカ文学者」も「イギリス文学者」も一般の辞書には掲載されていませんが、不適切ですか? 勝手にカテゴリの方針を作らないで頂きたい。
  4. 「日本中心」と「日本語中心」の区別がついていないのはあなたのほうです。あなたはダラダラとエッセイを書いているだけで上で私が指摘した「このカテゴリが日本中心になっている」ことの問題点について一切答えていません。もう一度聞きますが、あなたはWikipedia:日本中心にならないようにをちゃんと読んだのですか?
  5. 「日本文学研究者」か「国文学者」か?」以下の文章は典拠なければ具体性もない所感に過ぎません。「国文学者でも日本語学者とはいえない人(例えば漢学者の中で当時時代的制約の範囲の中で中国語を研究していたもの)」という文章は論理的に意味不明なのですが。「その分類に入らない人々がいる可能性が否定できない」などと漠然と言われても何を言っているのかわかりません。「稀にその事象にかなり無知な人がいて、そのために投稿ブロックに掛けられてしまっている人」とは具体的に誰のことですか? なぜ具体的に示していただけないのですか? 私は上で具体的に人名を示した上で「国文学者」では問題が生じることを具体的に示しました。『「日本文学者」に改名するとそれ以前にはなかったどのような問題が生じるのか』を具体的に示すことができないなら、あなたのご意見は斟酌する余地がないものと存じます。
  6. 「文学者」が「文学を創作する人」と「文学の研究者」の二つを意味するというのは「日本文学者」に限りません。「アメリカ文学者」「イギリス文学者」も作家を含める場合があります。だから本文ではっきり「研究者のみをあつかう」と役割を限定すれば済む話だと言っています。そのようにカテゴリの名称が曖昧さを含むものにカテゴリ本文で限定的な役割を与えるというのはカテゴリの一般的な運用の仕方であり特殊なものではありません。--頭痛 2009年11月17日 (火) 18:27 (UTC)

反対 20年近く前に国文を卒業した者ですが、「日本文学者」はありえないという感覚があります。検索すると意外なことにたくさんヒットするのですが、このごろは使われるようになってきたというべきか。別案として、「日本文学の学者」「日本文学の研究者」辺りならよいでしょう。--КОЛЯ 会話 2009年11月17日 (火) 18:59 (UTC)

(コメント)どうしてもということであれば「日本文学の研究者」「日本文学研究者」でもしょうがないかとは思っていますが、上述したようにCategory:文学研究者に入っている他の国別文学研究者カテゴリがすべて「~文学研究者」ですから可能な限り合わせたいです。用例があるなら「日本文学者」でもよいのではないでしょうか? --頭痛 2009年11月17日 (火) 19:09 (UTC)
(追記)Category:日本の文学研究者と字面が似すぎていてややこしいという問題もあるような。--頭痛 2009年11月17日 (火) 19:26 (UTC)
(追記2)というか、Wikipedia内ですでに結構使われているようです。もちろんこれらは私が書いたわけではありません。やはり「日本文学者」を推します。--頭痛 2009年11月17日 (火) 19:39 (UTC)
(コメント) 「国史学」→「日本史学」の変化から、30年~50年のタイムラグがあった後、「国文学」→「日本文学」の変化が発生していると理解します。学問名や学科名としても、不可逆的な変化かと思います。--rshiba 2009年11月18日 (水) 00:50 (UTC)

日本文学者には反対[編集]

話が大分本論から外れてごちゃついてきましたね。まあ、大学の専攻名を国語学・国文学系から日本語学・日本文学系に変えるのも随分もめるそうですから仕方ないですか。

  • まず、私は日本文学者に絶対的に反対します。一切妥協できません。「日本文学の研究者」「日本文学研究者」なら反対はしません。
  • 日本文学者に反対の理由は、そもそも、この様な日本語は一般的(あまり使われない)でないということです。これは共通認識ですね。
日本文学者を使うべきでないと考える理由は、日本文の学者か、日本の文学者かが文字を読む者の文法的判断です。そこに、日本文学者がそれをあらわすという慣習がなければ誤りという判断になります。また、国語の文法では、同じ漢字が重なったときに一字に省略されるという日本語の法則もないからです。
  • 国文学の定義です。
岡部美二二によれば、国文学は「国語国文に依って芸術家の心理過程の顕現せられたもの」で「芸術の一分野である」と定義しています。その上で、国文学者の仕事を「国文学が芸術の一分野として確立する以上、其研究は、作物それ自体の避芸術的価値の批評を其本質とすべき」だと論じています。岡部美二二「国文学の研究に就て」/「帝国文学』一九一六年二月号「国文学の研究に就て」140~141頁。
この定義によれば、国文学に漢文は入りません。漢文の書き下し文は入るわけですが、漢文自体を研究する漢学者は対概念ということになります。これは簡単な国語辞典に載っています。もしそうなら、日本文学研究家=漢文学者でなくなるということになります。
  • 次に国文とは何かです。これは国語が主に現代語、国文が主に古典文である場合が多いようです。新聞報道もされたKOKINル-ルの論文が参考になるでしょう。
KOKINル-ルとは、日本古典文学の全般的な作品のテキストのデ-タ記述の枠組を定義のための、3規則です。
このKOKINル-ル♯1で、
国文学作品の作品構造及び文体構造の定義を行う。韻文、散文、戯曲の文体毎に、
さらに細かくジャンル対応に、TTD(Text-data Type Descripition)を定義する。TTDはSGMLのDTDにほゞ同等である。
とあるように、国文学作品を日本古典文学とみなしています。(日本古典文学作品フルテキストデ-タベ-スのためのデ-タ記述文法に関する実証的研究/研究課題番号:03402051/代表者 安永 尚志 国文学研究資料館・研究情報部・教授)

自らがそのやりたいことの正当性を示す出典を示して、説得するのが当たり前ですね。もっとも社会学で反証をひとつ示しても、それでは何も証明にはならないのですが。--KAGEROU 2009年11月18日 (水) 15:50 (UTC)

率直に言いまして、私にはあなた一人だけが「本論からはずれている」ように見えます。
  • 1点目。「一切妥協できない」などと感情的かつ一方的に言うだけでは何にもなりません。私は「日本文学者」だとどうしてまずいことになるのか具体的に問題を示してくれ、といったのに相変わらずあなたは未だに「具体的な問題」を一つも提示できていません。「語感が嫌」とか「自分は使わない」とかでは話になりません。
  • 2点目。日本文学研究家=漢学者じゃないことは自明です。それで何がおっしゃりたいのでしょうか? 「日本文学者」がよいか「日本文学の研究者」がよいか、という当面の問題と何も関わりがないように思うのですが。
  • 3点目。KONINルール以下でもなにがおっしゃりたいのかわからないです。「国文学」は「日本古典文学」と見なされるうるから「日本文学の研究者」を作る場合でも「国文学者」を残せという意味なんでしょうか? 調べたところ「KONINルール」とは国文学研究資料館が古典のデータベースを作成する際の分類形式のようですが、「国文学研究資料館がそのように資料収集を行なっている」ことと「国文学自体の定義」とは論理的関係が一切ないと上で言いました。 国文学資料館がそのように行なっているからそう定義されうる、というのはあなたの推測でしかありません。もちろん出典にもなりません。あなたは一次資料と二次資料の違いも理解されていませんね。理解しておられるなら「社会学における証明」なんてものを引き合いに出したりはしないでしょうから。
さっき出したWPJP内での「日本文学者」の利用状況を再掲します。[3]中には重複や研究者でない者がふくまれていますが、単純な語の使用状況としてこの時点で59件ヒットします。一方日本文学の研究者日本文学研究者あわせても35件しかありません。
(日本文学者)が曖昧さ回避に使われている記事は現在4件あります。「国文学者」のカテゴリであるにもかかわらず、(国文学者)が曖昧さ回避に使われている記事(3件)より多いです。もちろんWPJP内に記述があることは何の証明にもなりませんが、国文学についてまったく無知な人物が国文学者の記事を立てたりしないでしょうから、「日本文学者」の呼称がある程度流通していることを蓋然的に示す程度のものと考えることはできるでしょう。--頭痛 2009年11月18日 (水) 17:12 (UTC)
(追記)論点を一つ見落としていましたので追記しときますが、「日本文の学者」との区別が付かない、などいう意見はナンセンスでしょう。「Category:日本文学者」「Category:日本語学者」とは別に「Category:日本文の学者」などが作られる可能性はまずありません。「日本文の研究」などは「日本文学」か「日本語学」に含まれるものであって学問分野として限定的過ぎます。--頭痛 2009年11月18日 (水) 18:59 (UTC)

産経新聞の2008年11月28日付けの記事にて、ドナルド・キーンが「将来は日本文学者になろうと決意しました」と発言したことを記しています。文脈上これは「日本文学の創作者」とは解釈できません。研究者自身が「日本文学の研究者」の意味で「日本文学者」という語を使っていることを示す文句なしの出典です。改名先はCategory:日本文学者で決定ということでよさそうですね。--頭痛 2009年11月18日 (水) 18:07 (UTC)

  • なんでそうなるんですか?
申し訳ないですが、ドナルド・キーンが「将来は日本文学者になろうと決意しました」と発言したことを記しています。として、彼は外国人ですね。日本語を母国語にしてませんね。で、彼が日本文学者という言葉を使って、サンケイにのればOKなんですか?あれ大衆紙ですしね。「日本文学の研究者」「日本文学研究者」を日本文学者と日本ではいいならわしてるのですか?これは日本文学研究家として、日本文学者も使用される場合があることの証明でしかありません。何よりも、「日本文学者」はご自分もあまり使わないと認めてるのに?
  • それで、КОЛЯ さんの意見は無視ですか?なんでなんです?私も、「日本文学の研究者」「日本文学研究者」でよいと言ってるのだから、どちらかに妥協しませんか?
エッセイお嫌いでしょうから、簡潔に書きますね。
率直に言いまして、私にはあなた一人だけが「本論からはずれている」ように見えます。>単なる感想。もちろんWPJP内に記述があることは何の証明にもなりません>証明に成らないことの自認。国文学についてまったく無知な人物が国文学者の記事を立てたりしないでしょうから>推測で根拠なし。現に国文学の記事自体はブランク。「日本文学者」の呼称がある程度流通していることを蓋然的に示す程度のものと考えることはできるでしょう。>自らの推測を根拠にしたものであり、なんらの証明にも成りえない。--KAGEROU 2009年11月18日 (水) 21:38 (UTC)
ああ、もはや人の意見の単なる揚げ足取りに徹していますね。産経新聞が大衆誌であるため信頼できる情報源に該当しないという意見こそ根拠がありません。産経ニュースの情報はWPJP内のあちこちで出典として使われています。ドナルド・キーンレベルの日本文学研究者の発言を「外国人である」というだけで無視するとは呆れました。50年のキャリアがある日本文学研究者の日本語が怪しいとでも思っているんでしょうか。なにか「日本文学者も使用される場合があることの証明でしかありません」などと言われていますが、なにを言っているんでしょうか? はじめっからそうだと言っているでしょう。本職の研究者も使っている語であり特殊なものではないことを示したのであって、それで必要十分です。いったい私になにを求めているんですか?
上記の意見はもうまともに取り合う必要のあるものとは思えません。以降この場の議論では無視させていただきます。ご不満なら私に対するコメント依頼なりブロック依頼なりご自由にどうぞ。なお「日本文学研究者」などのほうがよいという他のかたからのご意見追加を否定するものではありません。--頭痛 2009年11月18日 (水) 22:03 (UTC)

仕切りなおし[編集]

(まとめ)現在まで改名先が「日本文学者」(でよい)という意見が提案者を含め3人、「日本文学者」に反対が2人です。反対者の主な理由が「(日本文学の研究者の呼称としては)ありえない」(КОЛЯさん)というものでしたが、それに対する反証として実際に日本文学の研究者が「日本文学者」という言い方をしている資料を上で提示しました。これに対する有効なレスポンスが2週間近く経過した現在までありませんので、このまま新たな意見が付かないようであれば3日ほどのちにCategory:日本文学者に改名します。なお記事数が多いのでbot依頼を考えています。--頭痛 2009年12月4日 (金) 05:18 (UTC)

そもそも、冒頭の提言で「WP:JPOVに違反」と決め付けていますが、本当に「違反」か否かが検討されていません。 日本語版における「国文学者」という用語の使用は、本当に「WP:JPOVに違反」なのでしょうか? 私はそうは思いません。 従って、改名の必然性自体を認めませんので、改名には反対します。--Lakebuel 2009年12月4日 (金) 08:33 (UTC)
「本当にそうなのでしょうか? 私はそうは思いません」というコメントが「検証」に当たるとお考えなのでしょうか。これまでのコメントでも例えば「アメリカで日本文学を研究しているアメリカ人に「国文学者」はおかしい」という風に「なぜ「国文学者」がJPOVなのか」の検証はすでに行なわれています。議論に参加する前に過去の議論の流れをきちんと把握していただきたい。根拠も提示せずに「私はそうは思いません」では議論になりません。--頭痛 2009年12月4日 (金) 08:48 (UTC)
簡単な反証として、例えば「アメリカでアメリカ文学を研究しているアメリカ人」を指して、「国文学者」とはふつう言いませんよね。なぜならば、日本語で「国文学」と言った場合、その含意自体が「日本文学」であるからです。それは、日本語(つまり、日本語ウィキペディア使用者)のコンセンサスでもあると思われます。イスラエル人のイスラエル文学者を探す場合、果たして誰が「国文学者」のカテゴリーを見てみるというのでしょうか?日本語版で、日本語学者を「国文学者」としてカテゴライズしている現状は、まったく合理的であり、改名の必要なしと考えます。--Lakebuel 2009年12月4日 (金) 11:53 (UTC)
「アメリカでアメリカ文学を研究しているアメリカ人を国文学者とは言わない」は「アメリカで日本文学を研究しているアメリカ人を国文学者とは言わない」の反証になっていません。他の点はCategory‐ノート:国語学者と同じ。もう一度言いますがWikipedia:日本中心にならないようにになにが書かれているかをよく確認してください。そして方針に疑問があるのであればここではなく方針のノートに書いてください。--頭痛 2009年12月4日 (金) 12:07 (UTC)
議論を飛躍させないでください。貴方の、「”国文学 ←→ 日本文学”となっているのが気に食わない」という考えに対して、私は、「”国文学 ←→ 日本文学”と見做すことは合理的だ」と考えているのだ、とういうだけの話です。極めてシンプルな択一論ですよ。--Lakebuel 2009年12月4日 (金) 12:21 (UTC)
Category‐ノート:国語学者での答えと同じ。反論されたら「飛躍」と決め付けて正面から返答しない、というのはまともな議論の態度とはちょっと思えないのですが。--頭痛 2009年12月4日 (金) 12:24 (UTC)
「ありえない」というのは「存在しない」ことを主張しようとしたものではありません。たとえ言う人がいたとしてもありえないんです。私は対案を示しました。対案を検討することなく押し切るのはよくないことです。
反対の理由を追加します。こんな題名の本が出版されています。中身は「日本文学の研究者」のことではなく、谷崎潤一郎や三島由紀夫など、つまり「日本の文学者」のようです。つまり紛らわしいです。なお私は月曜日までアクセスできなくなります。--КОЛЯ 会話 2009年12月4日 (金) 16:08 (UTC)
「たとえ言う人がいたとしてもありえない」という形の「ありえない」なら「КОЛЯさんにとってのありえない」に過ぎないということになりますね。「日本文学の研究者」などの対案については上で言及しましたし「まるで考慮に入れていない」かのように言われるのは不当です。爆笑問題著の書籍については最初に検索したときにでてきたので認識していましたが、これまで述べてきたように「紛らわしさ」は本文にはっきり示すことで回避できますのでそれほどの懸案事項とは私には思えません。
私は「どうしてもということであれば「日本文学の研究者」などでも仕方ない」と言いましたが、КОЛЯさんがいままでに提示された「「日本文学者」ではまずい理由」は上述のように「どうしてもそれではまずい」ものとは私には認識できません。よって私のほうは依然「日本文学者」支持ということになります。完全に平行線になりましたが、どうしましょうか。二人とも死ぬまで改名提案を貼りっぱなしにしておきますか。--頭痛 2009年12月4日 (金) 16:41 (UTC)

(コメント)割り込む形になりますが、コメントさせて頂きます。私は「日本文学者」とすることにはやや疑問を持っております。現時点で「日本文学者」とすべき最も積極的な理由として挙げられているのは、Category:文学研究者下の他のカテゴリとの整合性です。しかし上で述べられているように、「日本文学者」という名称は他の名称に比べて一般的とは言い難く、かつ「日本の文学者」との混同の可能性があります。それに対して頭痛さんは「用例が存在する以上、このカテゴリ名を使用することは問題ない」という趣旨の発言をされ、また「カテゴリ本文で説明をすることで混同は回避出来る」と指摘されて居られます。これは私は一理あるとは考えますが、この理屈に従えば、「Category:日本の文学者」も「『日本文学者』と表記する用例」が存在し、かつ「混同は回避可能」であるから、「Category:日本文学者」とすることが可能になってしまうのではないでしょうか。これはむろん極論だと承知しております。

今更申し上げるまでもないとは思いますが、Wikipedia:カテゴリの方針#カテゴリの名称は「「一般的」な名称」を使用することを求めています。多くの読者がカテゴリ本文を見なければ即座にはどちらか判断が出来ない名称は、私は「一般的な名称」とは言い難いと考えます。そうした「不便」を利用者に強いてでも、カテゴリ名称の整合性を優先するべきでしょうか。どちらかといえば、私は利用者にとっての解りやすさが重視されるべきと個人的には考えます。

上で指摘されているように現在は日本社会において「国文学者」からの名称変更が行われている過渡期であり、これをどう改めるかは未だ確定を見ていない段階であると考えます。そうした段階でその候補の一つとはいえ未だ定着していない「日本文学者」への変更を行うことは、「ウィキペディア独自の名称」ではないにせよ、それでも独自研究に近い主張となってしまい得ると考えます。

私は「日本文学者」に全面的に反対はいたしません。結局の所、「カテゴリ名の整合性」「一般的な名称」のどちらを優先するかという問題だと考えます。しかし「日本文学の研究者」ならば混同の可能性はまずなく(少なくともCategory:日本の文学研究者との混同は、「日本文学者」とした場合のそれとは比べものにはならないでしょう)、また独自研究となることもありません。「日本文学者ではどうしてもまずい理由」の提示を頭痛さんは求めて居られますが、少なくとも「日本文学の研究者」の方がよりリスクの少ない名称であると考えます。--サトウミツロウ(sat666) 2009年12月4日 (金) 18:18 (UTC)

サトウミツロウさんの認識は大体私のものと一致するのですが(そしてその上で私は「日本文学者」を推すのですが)、比較的些細な点をいくつか。
現在のカテゴリ構造上「Category:日本の文学者」に当たるものとしてCategory:日本の著作家がすでにありますので、Category:日本の文学者が今後作られる可能性はまずありません(この点は分かった上で発言されているのだと思いますが)。見ての通りCategory:日本の著作家は字面的にCategory:文学研究者の系統とはっきり区別されますので、カテゴリ構造の上ではCategory:日本文学者Category:日本の文学者の混同ということは起こりません。(一応念のために言えば、「日本の文学研究者」と「日本文学者」との混同はさらに起こり難いでしょう。「日本人の外国文学研究者」を「日本文学者」などということはない、という点を考えれば自明だと思いますが)
そして、現実的な作業としての記事へのカテゴリ付与ということを考えると、「そのカテゴリになにが入っているか」ないし「類似の記事がどのカテゴリに入っているか」で該当カテゴリが判断されるケースがほとんどだと私は考えます。つまり、例えば記事作成の際にあてずっぽうにCategory:日本文学者Category:日本の文学者を記入するというようなケースはそうそうないのではないかということです。従って「日本文学者」が字義的には「日本の文学者」と解しうる、ということが実際上サトウミツロウさんのいうほど利用者に「不便を強いる」ものであるとは私は思いません。
また「「国文学者」からの名称変更が行われている過渡期」というところですが、私自身はそういう認識ではなくて、外国での日本文学研究の紹介などの場が増えたため必然的に「国文学」と表記できないケースが増えてきたのだろうという風に考えています。つまり「国文学」「国文学科」のような言い方自体は依然メジャーなものとして残るだろうと考えているので、「日本文学者」などの名称が将来的に「国文学者」に成り代わるものと予測したうえで推しているわけではありません。というか、そういう事態になったらなったときにその「完全に成り代わった名称」に改名すれば良いわけで、それは現段階で考慮に入れるべき事柄ではないと思っています。従って「独自研究か否か」という問題点は入ってこないと考えます。
「『カテゴリ名の整合性』か『一般的な名称』(この場合は『より誤解の少ない名称』が正確だと思いますが)のどちらを優先するかという問題だ」という所はまったく同感です。要するに私はその認識の上で「『日本文学の研究者』の方がよりリスクの少ない」という場合の「両者のリスクの差」が実際上無視できる程度の差しかない、と考えているということになります。であればCategory:文学研究者内の名称がキレイに統一されるほうが良い、という訳ですね。-頭痛 2009年12月4日 (金) 19:28 (UTC)
ありがとうございます。元より頭痛さんとは考え方にそう隔たりがあるとは思っていませんでしたが、論点の再確認もかねてコメントさせて頂きました。
記事へのカテゴリ付与ですが、私は「あてずっぽうに」カテゴリ名を編集者が書いてしまう場合はままあると思います。たとえば現時点で未作成の「Category:日本の文学者」に2つの記事(ともに研究者)が入っているのはその好例かと。私自身記事を執筆する時には、最初に適当にあてはまりそうなカテゴリ名を打ち込んで、それから探すことが時々あります。その際、赤リンクならすぐに間違いに気付きますが、なまじ青リンクだとそのままにしてしまうこともあり得るのでは、と自分の経験上考えます。もっともそれは主に閲覧者と言うより編集者の側に属する問題ですし(むろんそうしたミスが積み重なっていけば話は別ですが)、確かに「不便を強いる」というのはやや大仰だったかな、とも思います。
また「一般的な名称」ではなく「より誤解の少ない名称」、というのはご指摘の通りです。この場合は「一般的な名称」は「国文学者」とすべきでしょうか。もっとも改名自体に異を唱えるつもりはありませんので、そこを強くは主張しませんが。
以上、気付いた点のみ。私も両者の「リスク」の差はそれほど大きくないかあるいはないに等しいと思いますが、やはり感覚的には「日本文学の研究者」が「好み」ではあります。ただし頭痛さんなどの説明も納得しうるものと考えますので、取り立てて「日本文学者」に反対はいたしません。--サトウミツロウ(sat666) 2009年12月4日 (金) 20:39 (UTC)
まあ仮に必要があって私自身の文章で使うとすれば、私も「日本文学者」ではなくて「日本文学研究者」か「日本文学の研究者」あたりを選ぶと思います。「日本文学者」を推すのは、あくまでWikipediaのカテゴリ機能上の便や既存のカテゴリ同士の関係からすればこの名称が最適に思われるという理由からです。
上の方で触れたのですが、「日本文学の研究者」or「日本文学研究者」が既存の「日本の文学研究者」と字面が似すぎているというのも気になっています。おっしゃるとおり日本語話者であれば「日本の文学研究者」と「日本文学の研究者」の意味上の区別ができないということはまずありません。しかし「カテゴリ名」もやはり「名前」なのですから、パッと見でまったく別のカテゴリであるということの区別が付くようにはしたいです。当カテゴリの大半は日本人の記事なわけですが、それらの記事すべてのカテゴリ欄で「Category:日本の文学研究者」と「Category:日本文学(の)研究者」という一字違いのカテゴリが並び合っていることになるというのはちょっとどうかな、と。--頭痛 2009年12月5日 (土) 22:04 (UTC)
(「日本文学研究者」を支持)本ノートには初めて投稿します。議論が止まっていますが、部外者から一点よろしいでしょうか。第三者的視点から見るに、対案として出ている「日本文学研究者」への改名という線で合意形成を図ればよいように思うのですが、いかがでしょうか。本件提案のそもそもの意図はJPOVのカテゴリ名を回避することにあると思いますが、議論の進行に伴い、「日本文学者」は是か非かというのが対立軸になり、問題がずれているように思えてなりません。反対論者の意見を冷静に見ると、改名自体に何がなんでも反対というのではなく、「日本文学者」への改名は反対、「日本文学研究者」なら必ずしも反対はしないということのようです。
複数の方がおっしゃるように、たしかに「日本文学者」というフレーズには少なからぬ違和感があります。「違和感がある」などというのは論理的でない、と一蹴されるかもしれません。しかし、「日本文学者」を採るか、「日本文学研究者」を採るかについては、最終的には何らかの個人的価値判断が介在してくるのはやむをえないのではないかと思います。その際、私も含めて複数のユーザーが「日本文学者」にある種の違和感を表明しているという事実は看過できないのではないでしょうか。改名反対論者のみならず、中間派と思われるサトウミツロウ氏も「日本文学者」は「やや疑問」とおっしゃっています。
12月4日から5日あたりの議論をみると、「日本文学者」と「日本文学研究者」はどちらも一長一短があり、いずれかが特にメリットが大きいとか、逆に致命的な欠陥があるということではなさそうです。「日本文学者」を採用した場合、他のカテゴリ名との整合性がとれるというメリットがあります。たしかにカテゴリ名はきちんと揃う方がベターですが、それが絶対的な条件ではないように思います。現状、Category:文学研究者及びCategory:著作家は構造が明確で、下位カテゴリにどういうものが入るのかはっきりしており、そこに「日本文学研究者」というカテゴリ名が付け加わっても、大きな不便や混乱はなさそうに思います。
「日本の文学研究者」と「日本文学(の)研究者」がまぎらわしいということは、たしかに言えます。しかし、1字違いでまぎらわしい名称というのは世の中にしばしばあるものです。また、「日本の文学研究者」と「日本文学(の)研究者」が別の概念を表していることは日本語話者にとっては明らかであり、両フレーズとも、少なくとも両義的ではありません。これに対し、「日本文学者」の方は明らかに両義的です。KAGEROU氏の「日本文学者には絶対的に反対。一切妥協できません」との言明、КОЛЯ氏の「日本文学者はありえないという感覚がある」との言明はさすがに極論という感じがしますし、KAGEROU氏の「彼(ドナルド・キーン)は外国人ですね」という言明も(別に差別的感情に基づく発言ではないのかもしれませんが)、適切とは思えません。しかし、そうした個々の発言や議論姿勢の当否と、結論の当否はいったん分けて考えた方がよいと思います。
「日本文学者」と「日本文学研究者」のメリット・デメリットに決定的な差がないのであれば、大所高所から判断して、より多くの方が許容している「日本文学研究者」への改名ということで合意形成を図ってはどうかと思うのですが、いかがでしょうか。--Urania 2009年12月26日 (土) 07:32 (UTC)
Uraniaさんのご意見に賛同いたします。結局のところ両者のメリット・デメリットのバランスを考えて判断するほかなく、その中で「日本文学者」に少なからぬ反対意見が出ている以上、「日本文学研究者」あるいは「日本文学の研究者」で合意形成を図るのがベターであると考えます。--サトウミツロウ(sat666) 2010年1月4日 (月) 03:23 (UTC)
上で私の言いたいことは全部言いましたので、その上でそちらの方がよいという意見が集まるようなのであれば仕方ありませんね。Category:児童文学研究者などがあるので「の」抜きの「日本文学研究者」の方が良いでしょうか。1~2週間の間反対意見がなければCategory:日本文学研究者に改名しましょう。--頭痛 2010年1月6日 (水) 10:16 (UTC)
合意成立です。--rshiba 2010年1月29日 (金) 08:25 (UTC)

「国文学者」は日本中心の名称でありWP:JPOVに違反していますが当初の理由でしたが、これはやはり妥当な意見ではなかったということでしょう。つぎに、Wikipedia:記事名の付け方によれば、「記事の題名は、まず何よりも「日本語話者の大多数にとって、最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」である必要があります。この観点から、日本文学研究者は日本の文学研究者とも、日本文学の研究者とも理解できることから、「日本文学の研究者」なら妥協として賛成します。ただし、記事名の付け方により、非常に内容が知られているとの理由(学会の趨勢ではなくなりつつあるが)で、国文学者の存続が望ましいと思う、との意見は表明しておきます。--KAGEROU 2010年1月9日 (土) 05:36 (UTC)

上で宣言したようにあなたからのご意見は無視します。この上まだ「「国文学者」はJPOVでない」(いったいどこからそんな結論が出てくるんだか)だの「「日本文学研究者」は「日本の文学研究者」と混同しうる」だの言っているような人に取り合ってはいられません。なおあなた自身すでに「「日本文学の研究者」「日本文学研究者」なら反対はしません。」という意見表明をしているということをお忘れなく。--頭痛 2010年1月9日 (土) 06:38 (UTC)
bot依頼を行ないました。--頭痛 2010年1月30日 (土) 04:28 (UTC)
改名済みです。--頭痛 2010年2月20日 (土) 21:55 (UTC)