阿部幸子

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あべ ゆきこ
阿部 幸子
生誕 1931年????
愛知県名古屋市
死没 1992年12月8日
職業 英文学者

阿部 幸子(あべ ゆきこ、1931年(昭和6年) - 1992年(平成4年)12月8日)は、英文学者愛知県名古屋市生まれ。専門学校卒業後、南山大学英文科へ学士入学、1957年京都大学大学院英文学専攻博士課程満期退学、光華女子短期大学助教授ノートルダム女子大学助教授、大谷大学助教授、ドイツ留学の後、1969年学園紛争のため辞職、京都工芸繊維大学助教授、教授、1989年岡山大学教育学部教授。赴任後程なく、に冒されていることが分かり闘病ののち61歳で死去。夫はイタリア文学者阿部史郎

著書[編集]

  • 『現代英国文学の諸相』恒星社厚生閣、1970年。
  • 『比較文学』仏教大学通信教育部、1987年。
  • E・M・フォースター研究』ニューカレントインターナショナル、1989年。
  • 『生命をみつめる 進行癌の患者として』探究社、1991年。
  • 『死の受容 ガンとわかってから三年余を生きて』講談社、1992年。
  • 『病棟の光と翳 がん闘病記』探究社、1992年。
  • 『生命ある限り』探究社、1993年。
  • 『阿部幸子闘病日記』探究社、1995年。

翻訳[編集]

  • ロジェ・アセリノー編 (1971). ヘミングウェイ研究 ヨーロッパにおけるヘミングウェイ. 恒星社厚生閣. 阿部史郎共訳

参考文献[編集]

  • 『死の受容 ガンとわかってから三年余を生きて』講談社、1992年。 - 自伝的記述を含む。
  • 『人物物故大年表』