大里晴信

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大里 晴信おおさと はるのぶ1931年10月1日 - )は、茨城県常総市出身のプロ野球審判員。審判員袖番号は5[1]

来歴・人物[編集]

水海道一高(のちに同校野球部監督も務めた)を経て法政大学を卒業後、1959年セ・リーグ審判部入局。1981年からインサイドプロテクターを使用し、長らく中堅審判員として活躍したが、1990年巨人ヤクルト開幕戦で、巨人の打者・篠塚和典がヤクルトの内藤尚行から放ったライトポール際の打球を、一塁塁審の大里がホームランと判定した。

その疑惑のジャッジがもとで二軍落ちを経験し、その後復帰するも、試合中に暴言を吐いた選手に対して退場処分を下すことができないなど精神的動揺は隠せず、結局その年で引退した。奇しくもセ・リーグでは、その年から「審判4人制」がスタートしたばかりであり、またそれに伴って定年年齢である55歳以上の審判員の大半が引退した(残った審判は岡田功と大里の二人)。その他、広岡達朗にも「巨人贔屓の審判」として槍玉に挙げられたこともある[2]

通算3034試合出場。オールスターには5回(1968年、1970年、1971年、1983年、1987年。内1971年第3戦、1983年第1戦で球審)出場、日本シリーズの出場経験はない。引退後は1995年まで審判指導員を務めた。現在はプロ野球マスターズリーグなどで審判員を務めている。マスターズリーグでは的確なジャッジを行っており、審判員代表で表彰されている。

脚注[編集]

  1. ^ 1988年から1995年退職まで、引退し審判指導員に転じた1991年以降もつけていた。52004年から2006年まで渡真利克則がつけていた。
  2. ^ サンデー毎日、1980年6月22日号、p.28

関連項目[編集]