可笑記

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可笑記(かしょうき)とは近世初期の随筆風仮名草子である。作者は斎藤親盛、筆名「如儡子(にょらいし)」。

概説[編集]

序文で作者は「この書は、浮世の波に漂う瓢箪(ヒョウタン)のように浮き浮きした気持ちで世の中の事の良しあしの区別もすることなく書き綴ったものであるから、これを読んだ読者はきっと手をたたいて笑うであろう。だから書名を『可笑記』(笑いの書)としたのだ」と述べている。江戸の社会を簡潔明快な俗文体で表現していると同時に、作者の浪人という視点から無能な支配層に対する民衆の批判も代弁している。

作者の如儡子斎藤親盛は最上家の浪人で、武家社会の辛酸を舐めた人物だった。本書は『徒然草』『甲陽軍鑑』『沙石集』などを主たる典拠にしていて、、林羅山の著書『巵言抄』『童観抄』の言説も利用している。しかし、名は伏せられているものの、羅山の合理主義的な見地から聖賢の道を論ずる姿勢への批判も見られ(巻四)、作者の苦悩が読み取れる[1]。またこれは市井の一浪人が文筆を持って当代と渡り合う、文学史における最初の例と言える[1]

原典の構成と成立期[編集]

五巻五冊。巻一・48段、巻二・48段、巻三・42段、巻四・52段、巻五・90段、これに序と跋を加え計282段で構成されている。形式は随筆の形態をとり、配列は相互に特別深い関係はない。内容は、侍の心得に関するもの、一般庶民の心得、さらに儒教仏教の教え、さらに説話的なものなど多岐にわたる。この作品の成立時期は、跋文に「于時寛永十三 孟陽中韓」とあり、刊記に「寛永壬午季秋吉旦刊行」と記されている、よって寛永13年(1636)1月に成立し、6年半後の寛永19年(1642)9月に初版が出版されたことになる。しかし、作品のなかで、寛永15年(1638)の島原の乱について記述している箇所があることから成立後も加筆が続けられ、最終的には刊記にある寛永19年頃の完成で[2]あろうと推測される。

影響と価値[編集]

徒然草」の近世版ともいわれる一方で、物事を無常観にとらわれる事無く全体としては明るく現実的にとらえている。また作者は兼好のように悟り切ることはできずむしろ感情の赴くまま批判的精神を吐露している。近世随筆文学の道を開いたものであり、その後多くの追随作品を生んでいる。すなわち「ひそめ草」「身の鏡」「他我身の上」「理非鏡」等々である。さらに仮名草子中最大の作者浅井了意はその著作活動の端緒で「可笑記評判」を著しその代表作「浮世物語」の後刷本を「続可笑記」として出版しているほどで、また井原西鶴も本書にちなんで「新可笑記」を発刊している。堂上俳諧人から高僧・武士・一般庶民にいたるまで多数の人に読まれ、いわゆる「〇〇可笑記」と呼ばれる浮世草子の嚆矢となりその影響は大きいものがある。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 江本 2000, pp. 19-21.
  2. ^ 昭和女子大教授・深沢秋男

原典と参考書[編集]

  • 国書刊行会 編 『徳川文芸類聚』第二巻 国書刊行会、1914年、7頁。NDLJP:945807/7 
  • 版本=寛永19年11行本・寛永19年12行本・無刊記本・万治2年絵入本
  • 近代日本文学大系 1・仮名草子集成 14
  • 田中伸・深沢秋男・小川武彦『可笑記大成』1974年4月、笠間書院。

参考書としては「仮名草子集成」(東京堂出版)他。

  • 『斎藤親盛(如儡子)伝記資料』 / 深沢秋男(所沢 : 近世初期文芸研究会、2010年10月)非売品。国立国会図書館請求記号:KG216-J12
  • 江本裕 『近世前記小説の研究』 若草書房〈近世文学研究叢書〉、2000年。 ISBN 494875563x{{ISBN2}}のパラメータエラー: 無効なISBNです。 

関連項目[編集]