ドイツ・スペイン条約 (1899年)

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ドイツ・スペイン条約
German new guinea 1888 1899.png
ドイツ領ニューギニアの範囲。(青色: 条約締結前 赤色: 条約締結後)
署名 1899年2月12日 (1899-02-12)
締約国
ヤップ島で行われた島々の明け渡しの式典

1899年のドイツ・スペイン条約(スペイン語: Tratado germano-español de 1899; ドイツ語: Deutsch-Spanischer Vertrag 1899)は1899年ドイツ帝国スペイン王国の間で調印された条約である。スペインはスペイン領東インドのうち米西戦争後のパリ条約で割譲したグアム島フィリピンを除いた太平洋の島々を2500万ペセタでドイツに売却した。 米西戦争でスペインは太平洋艦隊とスペイン領東インドの中心地であったマニラを失ったため、これらの領土を統治していくことが困難となった。元々この島々ではあまり生産力がなかったためこの島々を売却することにし、ドイツがこれに応じた。 1899年2月12日に時のスペイン首相であったフランシスコ・シルヴェラが条約に調印し、カロリン諸島北マリアナ諸島をドイツに売却した。この地はドイツ領ニューギニアとなり、翌年までにドイツはパラオで採掘活動を行うようになる[1]。 これらの島々でのドイツの統治は大日本帝国第一次世界大戦でこの地を占領し、国際連盟の委託統治領となるまで続くこととなる。

脚注[編集]

  1. ^ Palau profile - timeline”. BBC (2015年3月3日). 2015年11月9日閲覧。